柏木(1) 柏木、病床で懊悩する

柏木 死ぬる日を罪むくいなど言ふきはの涙に似ざる火のしづくおつ(与謝野晶子)

朱雀院の五十の賀宴をG47年早々に行うべく「若菜下」と名付けられた前帖だが紫の上が発病しその隙に柏木事件が起こり六条院は一気に黒い雲に覆われる。五十の賀宴は重苦しい雰囲気の中、年末にやっと行われたが事件の張本人柏木は源氏に睨まれ心因性全身不全に陥っている。

p218 – 220
1.柏木、衰弱のなかで感懐し近づく死を思う
 〈寂聴訳 巻七 p10 柏木の衛門の督は、こうしてずっと同じような御病状で、〉

 ①明けてG48年、柏木は依然立ち上がれない。

 ②柏木は病床で自分の人生についてあれこれ思いめぐらす。
  ・事件を起こし源氏に睨まれ死ぬしかないのであろうか。
  ・何も知らない両親に先立ち死ぬ親不孝は辛い。
  ・死ねばあの人もあはれと思ってくれるだろう。
  ・源氏も許してくれるだろう。
  ・・・・でも死にたくない、、、、等々朦朧と思いあぐんだのであろう。

 ③柏木の心内語に引歌多数登場する。私のレベルでは難解である。
  ・なべての世の中すさまじう思ひなりて、
    おほかたの我が身ひとつの憂きからになべての世をも恨みつるかな(紀貫之)

  ・野山にもあくがれむ道の重き絆なるべくおぼえしかば、
    いづくにか世をば厭はむ心こそ野にも山にもまどふべらなれ(素性法師)
    世の憂きめ見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ(物部吉名)

  ・誰も千歳の松ならぬ世は、つひにとまるべきにもあらぬを、
    憂くも世に思ふ心にかなはぬか誰も千年の松ならなくに(古今集)

  ・一つ思ひに燃えぬるしるしにはせめ、
    夏虫の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり(古今集)

 病床で独り悩む柏木、原因は自分には分かっているが他人には明かせない。あはれ、、、であります。 
   
  

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若菜下 代表歌・名場面 & ブログ作成者の総括

若菜下のまとめです。

和歌
70.起きてゆく空も知られぬあけぐれにいづくの露のかかる袖なり
   (柏木)  激情に狂った明け方

71.あけぐれの空にうき身は消えななむ夢なりけりと見てもやむべく
   (女三の宮)  女三の宮、はかなげ声にて、、

名場面
68.十月中の十日なれば、神の斎垣にはふ葛も色変りて
   (p41  源氏・明石一家住吉参詣)

69.御琴どもの調べどもととのひはてて、掻き合わせたまへるほど、、
   (p69  六条院での女楽)

70.夜更けて大殿籠りぬる暁方より、御胸をなやみたまふ
   (p103  紫の上発病)

71.床の下に抱きおろしたてまつるに、物におそはるるかとせめて見開けたまへれば、
   (p120  柏木密通)

72.浅緑の薄様なる文の押しまきたる端見ゆるを、何心もなく引き出でて御覧ずるに
   (p160  密通露見 源氏手紙発見)

73.「衛門督心とどめてほほ笑まるる、、さかさまに行かぬ年月よ、、、、、
   (p206  御賀の試楽・源氏柏木をいびる)

[「若菜下」を終えてのブログ作成者の感想]

若菜下、いかがでしたか。分量は多いし内容も重っ苦しくてお疲れだったと思います。局面が進んでいく毎に同じ登場人物に対し怒りを感じたり同情を感じたり、、。物語の展開と筆の進め方にはいつもながら感心させられました。

ポイントは多くあり名場面として六つ列記しましたが何といっても柏木物語が中心だと思います。源氏物語第二部は全て三角関係の構図だと言われています。先取りも含め整理しておきますと、
 ①源氏をめぐる紫の上と女三の宮の三角関係 (若菜上)
 ②女三の宮をめぐる源氏と柏木の三角関係  (若菜下)
 ③柏木をめぐる女三の宮と女二の宮の三角関係 (実際にはあまりない)
 ④女二の宮をめぐる柏木と夕霧の三角関係  (柏木・横笛)
 ⑤夕霧をめぐる女二の宮と雲居雁の三角関係  (夕霧)

実にきれいな構図になっており紫式部の理科系センスを思わせます。次々と変わっていく三角関係の構図を頭に入れておくことが大事だと思います。

さて柏木物語、密通・露見・対面(名場面71・72・73)迫力ありましたね。
ここでもシンメトリーの好きな紫式部、源氏と藤壷のもののまぎれとの比較をしておきますと、

 源氏-女三の宮(弱い・受入れる)-柏木(破滅的・盲目的)&小侍従(浅はか)
 桐壷帝-藤壷(強い・拒む)-源氏(発覚だけは回避)&王命婦(しっかりしている)

寝取られた者としての源氏と桐壷帝、これは桐壷帝の心内が永遠の謎なので比較できません。そこもまた絶妙というべきでしょうか。

さて次月は柏木物語の終焉から夕霧物語へと徐々に進んでいきます。お楽しみに。

(12月の予定です。ページ数も大分少なく楽だと思います)
柏木 9回(12/2 – 12) & 総括(12/13)
横笛 5回(12/16 – 20) & 総括(12/24)
鈴虫 4回(12/25 – 39) & 総括(12/31) 

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若菜下(39・40) 朱雀院の五十の賀宴 若菜上下の閉め

p207 – 214
39.柏木悩乱し、病の身を親もとで養う
 〈p306 心が掻き乱され、苦痛にたえきれなくなり、〉

 ①源氏に苛められ這う這うの体で自邸(妻女二の宮の所)に逃げ帰った柏木。そのまま重病に陥る。
  →心因性であろう。それだけに周りの者には分からない。

 ②柏木、女二の宮と結婚して一条の女二の宮邸に住む。女二の宮の母=一条御息所(身分が低く朱雀帝には寵愛されていない)、この母親が今後大きな役割を果たす。

 ③病人柏木を引き取りたい父(頭中)&母(四の君)    
  結婚しているのだから女二の宮邸で養生すべきだと主張する女二の宮と母御息所
  柏木は将来摂関家の長となるべき人物、親族にとってはかけがえのないエースである。
   →実の母の気持ち、妻の母の気持ち。どちらもよく分かる。

  母御息所 「世の事として、親をばなほさるものにおきたてまつりて、かかる御仲らひは、とあるをりもかかるをりも、離れたまはぬこそ例のことなれ、かくひき別れて、たひらかにものしたまふまでも過ぐしたまはむが心づくしなるべきことを。しばしここにてかくて試みたまへ」
  →誠に道理である。結婚したら夫婦が第一であろう。

 ④別れに際しての柏木から女二の宮への言葉
  「今はと頼みなく聞かせたまはば、いと忍びて渡りたまひて御覧ぜよ。かならずまた対面たまはらむ。あやしくたゆく愚かなる本性にて、、、」
  →切ない別れの言葉である。
  →この場に及んでは女二の宮を疎かにしてきたのを悔やむ気持ちもあったのだろうか。

  柏木と女二の宮の夫婦関係、柏木は女三の宮のことで頭がいっぱいでお義理的な関係に終始していたのだろう。女二の宮については容貌も性格も記されてないのでよく分からないがまあ普通の皇女だったのではないか。

 ⑤柏木の重病は天下の一大事。帝・朱雀院・源氏・夕霧も心配する。
  →源氏はどう思ったのだろうか。「ザマーみろ」と思ったか「やり過ぎだった」と思ったか。
  →夕霧はとにもかくにも「治ってくれ」と念じたのであろう。

40.朱雀院の五十の賀、年末に催される
 〈p310 朱雀院の御賀は、十二月二十五日と決まりました。〉

 ①G47年12月25日 延びに延びた朱雀院の五十の賀宴、やっと開かれる。

 ②場所は六条院春の町、女三の宮の寝殿であろう。

 ③さて、やむまじきことなれば、いかでかは思しとどむらむ。女宮の御心の中をぞ、いとほしく思ひきこえさせたまふ。例の五十寺の御誦経、また、かのおはします御寺にも摩訶毘廬遮那の。

 →この賀宴の省筆はすごい!
 →長寿を祝われる朱雀院も祝う方の女三の宮(主催者)も源氏も夕霧も正直なところ賀宴どころではなかったであろう。
 
 ④若菜上 冒頭
  朱雀院の帝、ありし御幸の後、そのころほひより、例ならずなやみわたらせたまふ。
  
 朱雀院の病気のことから語り起された若菜(上・下)の巻が朱雀院の五十の賀宴で幕が閉じられる。その間「天よりこし」女三の宮、この一人のせいで六条院のバランスは無残にも崩れ暗雲が立ち込めてくる、、、恐ろしいものです。

 若菜上下、いかがでしたでしょうか。

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若菜下(38) 御賀の試楽 柏木参上

p195 – 206
38.御賀の試楽 柏木ようやく源氏のもとに参上
 〈p298 十二月になってしまいました。〉

 ①二月に行う予定の朱雀院五十の賀宴が延び延びになってやっと12月10余日に行われることになる。その試楽が行われる。
  →二月の女楽の試楽は女三の宮の寝殿で行われた。今回も場所は同じであろうか。

 ②試楽に二条院から紫の上も駆けつけ明石の女御も里下がりして参列する。他に式部卿宮・髭黒・玉鬘。勿論夕霧は師範格で加わる。
 
 ③衛門督(柏木)は舞の先生として欠かせないとして源氏は参加を促す。
  行きたくない柏木。でも父頭中の諌めもあり行くことを決心。

 ④柏木、源氏と対面
  さりげなくよく来てくれたとねぎらう源氏、脚気で参ってましてと言い訳する柏木
  →何ごともなかったかのようなごく普通の会話の裏で両者の想いがぶつかり合う。

 ⑤試楽の有様は2月の女楽の試楽のリピート。
  夕霧・髭黒の息子たち式部卿宮の孫たちが舞を舞う。
  →女楽は行われない。女三の宮も紫の上もそれどころではなかろう。

 ⑥座もたけて杯の交し合いになる。迫力ある名場面(有名な所)
  源氏 「過ぐる齢にそへては、酔泣きこそとどめがたきわざなりけれ。衛門督心とどめてほほ笑まるる、いと心恥づかしや。さりとも、いましばしならむ。さかさまに行かぬ年月よ。老は、えのがれぬわざなり」

  盃のめぐり来るも頭いたくおぼゆれば、けしきばかりにて紛らはすを御覧じ咎めて、持たせながらたびたび強ひたまへば、はしたなくてもてわづらふ

  →強烈なイジメ。これこそパワーハラスメントではなかろうか。
  →柏木の顔を見ている内に源氏は怒りを隠しきれなくなったのであろう。
   (むしろここまでで思い止まってエライのかもしれない)

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若菜下(36・37) 朱雀院女三の宮に消息、源氏の対応

p184 -194
36.御賀また延期 院、女三の宮に消息する
 〈p290 紫の上の大病などで、〉

 ①当初2月に予定されていた朱雀院の五十の賀、紫の上発病で延期になり、その後女三の宮の妊娠もあり十月になってもまだ実施することができない。
  
 ②柏木に嫁いだ女二の宮が(太政大臣・柏木ともども)朱雀院に行って賀宴を行う。
  →源氏の面目丸つぶれであろう。

 ③紫の上は病気、女三の宮は懐妊で気分がすぐれない。
  →源氏は散々である。女三の宮には憎しみと言うより憐みを感じるのであろうか。

 ④女三の宮の様子を見聞きしての朱雀院の心情
  「その後なほりがたくものしたまふらむは、そのころほひ便なきことや出で来たりけむ、、、、内裏わたりなどのみやびをかはすべき仲らひなどにも、けしからずうきこと言ひ出づるたぐひも聞こゆかし」
  →さすが朱雀院、女三の宮の身に何か起ったとピンと来たようである。
  →紫の上が重病で源氏が看病に忙殺されている最中女三の宮が懐妊、、それはオカシイ!
  
 ⑤朱雀院、女三の宮に文を送り我慢せよと自重を促す。
  世の中さびしく、思はずなることありとも、忍び過ぐしたまへ。
  →それにしても出家した父親が嫁いだ娘の心配をする。何のための出家なんだろう。

 ⑥朱雀院の手紙を見て源氏は「自分こそ被害者なんだ」と不愉快にならざるを得ない。
  →真実は明かせない。朱雀院・源氏・女三の宮、皆が不幸になる構図である。

37.源氏女三の宮を訓戒 柏木源氏を避ける
 〈p294 「いかにも子供っぽい頼りないあなたのご気性を〉

 ①朱雀院の手紙を見て返事を書かせるに際し源氏は女三の宮に長々と訓戒を垂れる。
  →実に長い。密通事件については直接ふれず暗に匂わした言い方。
  →言ってる源氏も不快だろうが聞かされる女三の宮も堪ったものではあるまい。
  →ねちねちとしたイジメである。
  →スカッと「今までのことは仕方がないけど二度と心得違いをするな!」と言えないものか(言えないでしょうね)。

 ②こよなくさだすぎにたるありさま
  さだすぎ人  うたての翁 
  →源氏が自らの老醜を自嘲する言葉が連発される。

 ③柏木はその後六条院に出入りしようとしない。源氏も呼ばない。
  →これも致し方あるまい。やってしまったことは取り返しがつかない。
  →柏木は一切を捨てて出家するしかなかったのでは(西行のように)。

 ④大将の君ぞ、あるやうあることなるべし、すき者はさだめて、わが気色とりしことには忍ばぬにやありけむ、と思ひよれど、
  →夕霧はオカシイなと思う。でもまさか女三の宮のお腹の子どもが柏木のものだとまでは思い至らなかったのではなかろうか。 

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若菜下(34・35) 朧月夜 出家

p174 – 183
34.源氏、女三の宮と玉鬘との人柄を比べる
 〈p283 宮はいかにも痛々しく、〉

 ①その後の女三の宮、悪阻もあるのだろうか気分も悪く思い悩んでいる。
  源氏は 渡りたまひて見たてまつりたまふにつけても、胸いたくいとほしく思さる。
  →腹立たしいけど仕方がない。憎みきることもできず受け入れるしかない。

 ②け近くうち語らひきこえたまふさまは、いとこよなく御心隔たりて、、
  →手紙を見つけてしまってからは女三の宮との実事はない。やる気になれない。

 ③女三の宮は表だって源氏が叱りつけないし、どうしたらいいか分からず悩むばかり。
  →ただただ幼い皇女、自分で言いだせないのも無理はない。

 ④明石の女御が寝取られたりしたら大変。
  →注意しなきゃいかんなぁと源氏は自戒する。

 ⑤ここで女三の宮と玉鬘の比較論
  →内裏で大事に育てられた皇女と田舎で両親の庇護もなく育った玉鬘とは人間力で比較にならないのは当然であろう。
  →玉鬘の聡明さが繰り返される。作者の言いたいところであろう。

 ⑥髭黒が弁のおもとを語らって玉鬘を襲ったことがここで明かされる(真木柱冒頭の謎解き)
  この大臣の、さる無心の女房に心あはせて入り来たりけむにも、、、

35.尚侍の出家につけ源氏、紫の上に昔を語る
 〈p285 今では二条にいらっしゃる尚侍の朧月夜の君のことは、〉

 ①二条の尚侍の君=朧月夜(勿論もはや現役の尚侍ではなかろう)出家する。
  →再会後ズルズルと続いていた関係を朧月夜の方から断ち切る。

 ②かの御心弱さも、、、
  心弱さ=朧月夜を象徴する表現。女三の宮にも通じる。
  心が強いのは、空蝉・朝顔・藤壷・玉鬘、それぞれに強い。

 ③源氏 あまの世をよそに聞かめや須磨の浦に藻塩たれしも誰ならなくに
     思し棄てつとも、避りがたき御回向の中にはまづこそはとあはれになむ

  朧月夜 あま舟にいかがは思ひおくれけむ明石の浦にいさりせし君
      回向には、あまねきかどにても、いかがは

   →未練がましい源氏に対し朧月夜はピシャリと言い放つ。
   →寂聴さんはこの朧月夜の出家と心の整理のつけ方を絶賛している。  
    (この時点で、朧月夜の君の「心弱さ」を「すこし軽く思ひ」なしていた源氏の思い上がった立場は、一挙に粉砕され、朧月夜の君が明らかに精神的に優位に立ってしまう。「わたしの源氏物語」)

 ④朧月夜からの手紙を紫の上に見せて昔を述懐する。
  朝顔(出家している)、朧月夜が紫の上ともども書をはじめ教養も風流も優れていた、、、。
  →まだ病後の紫の上にそんな話するのは酷ではないか。源氏のこの癖は治らない。

 ⑤出家した朧月夜のために紫の上、花散里に尼装束を仕立てさせる。
  →勿論女房に命じてさせるのだろうがおかしな話。紫の上の病気よくなる筈がない。

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若菜下(31・32・33) 柏木の文 源氏に見つかる!

p160 -174
31.源氏に柏木の文を発見され、女三の宮泣く
 〈p271 翌朝は、まだ朝の涼しいうちに〉

 重要場面
 ①女三の宮にほだされてもう一晩泊った源氏、女三の宮は情交の疲れでまだ寝ている。
  御褥のすこしまよひたるつまより、浅緑の薄様なる文の押しまきたる端見ゆるを、何心もなく引き出でて御覧ずるに、男の手なり。
  →ジャジャーン! 源氏、柏木から女三の宮への手紙を発見
  →扇が小道具としてうまく使われている。
  →この場面、源氏と朧月夜の密会露見の場面(賢木)とよく似てると思うがどうか。

 ②驚き女三の宮の不注意を難詰する小侍従。女三の宮はただただ泣くばかり。
  女三の宮「いさとよ、見しほどに入りたまひしかば、ふともえ起きあがらでさしはさみしを、忘れにけり」
  →誠に正直な告白。幼い皇女であれば仕方あるまい。

 ③アレコレ遠慮なく糾弾する小侍従
  →今さら言っても始まらない。密会を手引しその後もズルズルと手を貸し、挙句は手紙を取り次ぎ源氏に見つけられてしまう。全ては小侍従の責任である!
  →思えば女三の宮は柏木に襲われることなど思いもかけず妊娠させられ、まだ性懲りもなく欲しくもない手紙なぞを送られそれが一番恐い源氏にバレてしまう。女三の宮に何の罪もない。悪いのは柏木と小侍従、女三の宮がいささか気の毒である。

32.源氏、密通の事情を知り、思慮憂悶する
 〈p275 源氏の院は、例の手紙がまだ腑に落ちませんので、〉

 ①源氏、柏木の手紙をじっくり読み返す。
  年を経て思ひわたりけることの、たまさかに本意かなひて、心やすからぬ筋を書き尽くしたる言葉
  →事の経緯が詳しく書かれている。恋文にはあるまじき文面。
  →源氏は柏木が玉鬘に出してきた恋文を見ているので柏木の筆跡を覚えている(胡蝶4 p67)

 ②「さても、この人をばいかがもてなしきこゆべき、、、」源氏の心内が長文で語られる。
   帝の御妻をも過つたぐひ、昔もありけれど、それは、また、いふ方異なり、、
   内々の心ざし引く方よりも、いつくしくかたじけなきものに思ひはぐくまむ人をおきて、かかることはさらにたぐひあらじ
  →紫の上よりも丁重に扱ってきたのに、、、考えれば考えるほど許しがたい行状である。
  →でも外に知られては困る、、、と思うに、待てよ、、、

 ③故院の上も、かく、御心には知ろしめしてや、知らず顔をつくらせたまひけむ、思へば、その世のことこそは、いと恐ろしくあるまじき過ちなりけれ
  桐壷帝は源氏と藤壷の密通を知っていて知らず顔だったのだろうか、、、
  
  →源氏物語中最重要ポイントの一つでしょう。
   桐壷帝「皇子たちあまたあれど、そこをのみなむかかるほどより明け暮れ見し。されば思ひわたさるるにやあらむ、いとよくこそおぼえたれ。いと小さきほどは、みなかくのみあるわざにやあらむ」(紅葉賀9 p208)

33.源氏・女三の宮・柏木それぞれ苦悶する
 〈p278 源氏の院はつとめてさりげなくしていらっしゃいますけれど、〉

 ①紫の上「心地はよろしくなりにてはべるを、かの宮のなやましげにおはすらむに、とく渡りたまひにしこそいとほしけれ
  →源氏の悩む様子を見て病み上がりの紫の上の優しい配慮(この寛容さは吉祥天女ならん)

 ②紫の上「ここには、しばし、心やすくてはべらむ。まづ、渡りたまひて、人の御心も慰みなむほどにを」
  →紫の上は二条院で別居している方が心が安らぐと考えている。本音であろう。

 ③小侍従から事の露見を告げられた柏木、身も凍むる心地して、言はむ方なくおぼゆ 
  →文字通り凍りついたのではなかろうか。

  身のいたづらになりぬる心地すれば、、、
  →百人一首 No.45 藤原伊尹
   哀れともいふべき人はおもほえで身のいたづらになりぬべきかな
   身の破滅である。

 ④女三の宮の軽率さもあるが結局は自分が招いた身の破滅。自業自得であろう。
  →柏木をどう評価していくか、まだまだ柏木物語は続きます。

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若菜下(30) 紫の上小康 源氏、女三の宮のもとへ

p148 – 160
30.紫の上小康を得、源氏、女三の宮を見舞う
 〈p261 五月の梅雨の頃などは、〉

 ①紫の上 1月発病 3月二条院へ移る 4月危篤
  5月物の怪なかなか去らず(しつこい) 6月やっと小康状態
  (源氏はずっと二条院で看病している。その間4月に柏木が女三の宮と密通)
  紫の上は源氏の看病に応え気力を振り絞って回復に努める(えらい!)

 ②密通後の二人
 女三の宮 立ちぬる月より物聞こしめさで、いたく青みそこなはれたまふ
  →源氏は怖いし柏木は不快、当然であろう。

 柏木 かの人は、わりなく思ひあまる時々は夢のやうに見たてまつりけれど
  →我慢できなくなった折々は密会を重ねていた!!
  →後悔して反省したのではなかったのか!?信じられない男である。
  →それにしても周りにバレずによくできたことである。
  →女三の宮も消極的ではあったが受け入れていたのだろう。これも不思議。
   宮は、尽きせずわりなきことに思したり。

 ③女君は、暑くむつかしとて、御髪すまして、すこしさはやかにもてなしたまへり。
  →紫の上、発病以来初めて洗髪。病人でやつれてはいるがさすがにきれいである。

 ④紫の上 消えとまるほどやは経べきたまさかに蓮の露のかかるばかりを
  源氏  契りおかむこの世ならでも蓮葉に玉ゐる露の心へだつな
  →死の淵から蘇った紫の上、源氏と共にもっと生きていたいとの切実な叫び。

 ⑤源氏久しぶりに六条院女三の宮のもとへ。
  女房「例のさまならぬ御心地になむ」 ご懐妊のようです
  源氏「あやしく、ほど経てめづらしき御事にも」 えっ、おかしいなぁ
  →紫の上のことで頭いっぱいで期待も感動もない(脚注18)とあるが全能なる源氏のこと、オレじゃないぜってピンときたのではなかろうか。

 ⑥源氏は二三日女三の宮の所に逗留。柏木が嫉妬して女三の宮に手紙を書く。
  →後悔反省、源氏への畏れはどこへやら、異常行動としか言いようがない。
  →小侍従もよほどのバカ女である。

 ⑦すこし大殿籠り入りにけるに、蜩のはなやかに鳴くにおどろきたまひて、、、
  →ここで実事あったのではと丸谷才一は言っている。そうかも知れません。

 ⑧女三の宮 夕露に袖ぬらせとやひぐらしの鳴くを聞く聞く起きて行くらん
  →この歌は含蓄深い。この歌の所為で源氏はもう一泊することにし事件が起こる。
  →「ひぐらしの声」は女三の宮の閨での甘え声を象徴している、、、なんてのは読み過ぎか。

  源氏 待つ里もいかが聞くらむかたがたに心さわがすひぐらしの声
 

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若菜下(29) 紫の上、息を吹き返す

p142 – 148
29.紫の上死去と聞き、柏木らこれを見舞う
 〈p256 紫の上がお亡くなりになったという噂が、〉

 ①源氏の一の人紫の上死亡の知らせに世間の人々は色々に想う。
  →有名人・幸せ人の死亡を聞く。現代でも同じである。

  待てといふに散らでしとまるものならば何を桜に思ひまさまし(古今集)
  散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき(伊勢物語82段)
  (この前に業平の有名な歌が載せられている)
   世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 

  →桜は紫の上の象徴である。

 ②まことにいたく泣きたまへるけしきなり。目もすこし腫れたり。衛門督、わがあやしき心ならひにや、この君の、いとさしも親しからぬ継母の御事にいたく心しめたまへるかな、と目をとどむ。
  →さすが柏木は鋭い。想いを実行に移した柏木、想いでとどまっている夕霧。

 ③源氏は六条御息所が未だに死霊として現れることに辟易としている。
  →葵の上に生霊として憑りついたのが25年前。六条御息所が死去したのは18年前

 ④出家を望む紫の上に五戒の受戒だけはさせる(在家の信者)。
  →出家まではいかないが信者として厳しい生活を送る。事実上出家であろうか。

 ⑤とにかく源氏は紫の上に何としてでも生きていてほしいと心底願ったことだろう。

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若菜下(27・28) 紫の上、危篤に陥る

p129 – 142
27.柏木と女三の宮、それぞれ罪におののく
 〈p246 柏木の衛門の督は、そこから女三の宮のお邸にはいらっしゃらず、〉

 ①激情の一夜が明けて柏木は妻(女二の宮)の所へ戻らず自邸(頭中の二条邸)に帰る。
  元々妻に満足できず女三の宮に突進した柏木、妻の所へ帰る気持ちになれない。
  部屋に引きこもり自責の念に苛まされる。
  →興奮状態から覚めてみるとやったことの大きさにおののく。
  →コトに及ぶまでは破滅をも辞さないが終わってしまうと身の破滅を恐れる。

 ②しかいちじるき罪には当たらずとも、この院に目を側められたてまつらむことは、いと恐ろしく恥づかしくおぼゆ。
  →源氏が恐い。天皇に匹敵する源氏の偉大さ尊大さ。

 ③一方の女三の宮、ショックで病のように見える。あわてて源氏が訪れる。源氏は紫の上にかまいきりで女三の宮を疎かにしていることが原因と思い、言い訳しなぐさめる。
  →源氏の言葉はごく自然である。

 ④柏木、女二の宮邸に戻ったが宮はなおざりにして自室に閉じこもる。
  →外界は葵祭りで賑やか華やか。柏木は黙して内にこもる。

 ⑤柏木の女二の宮への感情
  さすがにあてになまめかしけれど、同じくは、いま一際及ばざりける宿世よと、なほおぼゆ。
   もろかづら落葉をなににひろひけむ名は睦ましきかざしなれども

  →柏木の心内だけだが実に失礼な歌。この歌を以て女二の宮を「落葉の君」と呼称する向きもあるが私は女二の宮で通します。
  →でもこれだけ簡潔に女二の宮のことを描写する紫式部の筆致はさすがです。

28.紫の上危篤、六条御息所の死霊出現する
 〈p251 源氏の院は、ごくまれにしか六条の院に〉

 ①源氏が女三の宮のところ(六条院)に居るとき紫の上「絶え入りたまひぬ」の一報が入る。
  →またもや「しまった!」と胸がつぶれたことだろう。六条院から二条院まで約2キロ、長く長く感じられたのではないか。

 ②御修法どもの壇こぼち、僧なども、さるべきかぎりこそまかだね、ほろほろと騒ぐを見たまふに
  →この記述を丸谷才一は源氏物語のディテール中ベスト10に入ると激賞している。
  →普通の人ならこりゃあもうダメだなと思うところ。

 ③源氏「さりとも物の怪のするこそあらめ。いと、かく、ひたぶるにな騒ぎそ」
  →さすが源氏、冷静である。夕顔・葵の上、、数々の死亡場面に直面してきている。

 ④頭よりまことに黒煙をたてて、いみじき心を起こして加持したてまつる。
  →懸命に仏に祈る。懸命の様がよく分かる。

 ⑤物の怪の登場。六条御息所の死霊。まだ成仏できていない。
  「人はみな去りぬ。院一ところの御耳に聞こえむ。、、、、、」
  →この物の怪の言葉はすごく分かりやすく説得力がある。

 ⑥物の怪「中宮の御琴にても、いとうれしくかたじけなしとなむ、天翔りても見たてまつれど、道異になりぬれば、子の上までも深くおぼえぬにやあらん、、、、、、」
  →子ども秋好中宮のことはもう未練はないが私を裏切った貴方は未だに恨めしい。
  →女性の執念たるやかくまでもか。

 ⑦物の怪(六条御息所)の言葉は源氏の心に一々ズシンと響いたことだろう。
  →紫の上に物の怪を憑りつかせる。この進め方もアッパレじゃないでしょうか。

カテゴリー: 若菜下 | 2件のコメント