若菜下 代表歌・名場面 & ブログ作成者の総括

若菜下のまとめです。

和歌
70.起きてゆく空も知られぬあけぐれにいづくの露のかかる袖なり
   (柏木)  激情に狂った明け方

71.あけぐれの空にうき身は消えななむ夢なりけりと見てもやむべく
   (女三の宮)  女三の宮、はかなげ声にて、、

名場面
68.十月中の十日なれば、神の斎垣にはふ葛も色変りて
   (p41  源氏・明石一家住吉参詣)

69.御琴どもの調べどもととのひはてて、掻き合わせたまへるほど、、
   (p69  六条院での女楽)

70.夜更けて大殿籠りぬる暁方より、御胸をなやみたまふ
   (p103  紫の上発病)

71.床の下に抱きおろしたてまつるに、物におそはるるかとせめて見開けたまへれば、
   (p120  柏木密通)

72.浅緑の薄様なる文の押しまきたる端見ゆるを、何心もなく引き出でて御覧ずるに
   (p160  密通露見 源氏手紙発見)

73.「衛門督心とどめてほほ笑まるる、、さかさまに行かぬ年月よ、、、、、
   (p206  御賀の試楽・源氏柏木をいびる)

[「若菜下」を終えてのブログ作成者の感想]

若菜下、いかがでしたか。分量は多いし内容も重っ苦しくてお疲れだったと思います。局面が進んでいく毎に同じ登場人物に対し怒りを感じたり同情を感じたり、、。物語の展開と筆の進め方にはいつもながら感心させられました。

ポイントは多くあり名場面として六つ列記しましたが何といっても柏木物語が中心だと思います。源氏物語第二部は全て三角関係の構図だと言われています。先取りも含め整理しておきますと、
 ①源氏をめぐる紫の上と女三の宮の三角関係 (若菜上)
 ②女三の宮をめぐる源氏と柏木の三角関係  (若菜下)
 ③柏木をめぐる女三の宮と女二の宮の三角関係 (実際にはあまりない)
 ④女二の宮をめぐる柏木と夕霧の三角関係  (柏木・横笛)
 ⑤夕霧をめぐる女二の宮と雲居雁の三角関係  (夕霧)

実にきれいな構図になっており紫式部の理科系センスを思わせます。次々と変わっていく三角関係の構図を頭に入れておくことが大事だと思います。

さて柏木物語、密通・露見・対面(名場面71・72・73)迫力ありましたね。
ここでもシンメトリーの好きな紫式部、源氏と藤壷のもののまぎれとの比較をしておきますと、

 源氏-女三の宮(弱い・受入れる)-柏木(破滅的・盲目的)&小侍従(浅はか)
 桐壷帝-藤壷(強い・拒む)-源氏(発覚だけは回避)&王命婦(しっかりしている)

寝取られた者としての源氏と桐壷帝、これは桐壷帝の心内が永遠の謎なので比較できません。そこもまた絶妙というべきでしょうか。

さて次月は柏木物語の終焉から夕霧物語へと徐々に進んでいきます。お楽しみに。

(12月の予定です。ページ数も大分少なく楽だと思います)
柏木 9回(12/2 – 12) & 総括(12/13)
横笛 5回(12/16 – 20) & 総括(12/24)
鈴虫 4回(12/25 – 39) & 総括(12/31) 

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13 Responses to 若菜下 代表歌・名場面 & ブログ作成者の総括

  1. 青玉 のコメント:

    陰鬱で暗い場面の多かった若菜下で一際女楽の華やかさが光りました。

    柏木の手紙の部分ではハラハラドキドキ早く隠さなきゃと心がはやり又源氏や柏木 女三の宮に対しては怒ったり同情したり気持ちがころころ変わりました。

    言われてみればなるほど三角関係の構図が成り立ちますね。
    ①~⑤のように上手く出来ているものです。
    三角の中にはかならず問題点が発生するわけで今後も続いて行くわけですね。
    来月はタイトルもずばり「柏木」そのもの、続きが楽しみです。

    ・・・雑記・・・
    夏の終わり頃から11月初めにかけ源氏ではないけれどストレス、イライラがつのり体調もすぐれなく針灸に通う日々でした。
    11月1日の「古典の日」を記念する市主催の「やっとかめ文化祭」や行事が目白押しであえて積極的に参加してみました。
    (やっとかめと言うのは昔の名古屋の上町言葉で「ひさしぶり」を意味します。)
    まず月初めの登山で体調を整えて東山動植物園をはじめとする公園の紅葉狩り、まちなか寺子屋企画の聞香体験 辻狂言 焼き物ワールド 美術展 映画など目いっぱい楽しみ、シルバーカレッジ主催の班やクラブ活動にも参加し足腰を鍛えました。

    先日は幼馴染との松阪周辺の散策で清々爺さんが夏に行かれた一部分を辿ってみました。
    その日は松阪牛祭りの日ですごい人出でした。(松阪牛の品評会)
    念願だった御城番屋敷にも行ってきました。
    あのような歴史的な街並みがあるとは驚きでした。
    子どもの頃松阪は度々訪れているはずなのにいったい何を見ていたのでしょう。
    松阪城が紀州藩で藩主が蒲生氏郷だったことも知らないおバカさんでした。
    御城番屋敷は平成20年に保存修理工事されたようですが往時のままの姿を残しているそうです。
    公開されている棟が一棟と運よくその他の一棟も見、更にもう一棟の方が良かったらお茶を飲んで行きませんか?とお声をかけてくださりお抹茶をふるまっていただきました。
    又不思議なことにその方が一昨年斎宮歴史博物館で中秋の名月に神楽舞を披露された方で斎宮歴史博物館のことに詳しく是非来年訪ねてくださいとのことでした。
    松阪城跡から眺めた御城番屋敷の長屋棟と石畳みの景観は素晴らしいものでした。

    本居宣長記念館 鈴屋ではその収蔵品に目を見張りました。
    学芸員の方が解説して下さり偉大な人物ゆかりのわが故郷三重県を誇りに思いました。
    源氏物語の玉の小櫛の稿本もあり、宣長の女性的な美しい文字には目が釘付けになりました。
    重要文化財の他にも一万六千点余りの関係資料が保存されており展示内容も変わります。
    このように今月は目いっぱいやりたいことをすべてやりきったらふっきれたのかストレスもすっと解消され体調も心なしか良くなったような気がします。
    そして11月最後の極めつけは明日地元の小学校で上演される狂言舞台です。
    演目は「柿山伏」と「附子(ぶす)」
    狂言は笑いがありわかりやすく気軽に楽しめていいですね。
    この小学校、息子たちの母校で最近ではウィーンフィルのピアノ 弦楽器の首席奏者の学校コンサートがありました。
    これはもちろん在校生しか鑑賞できなかったのですが・・・

    これらの行事に元気をもらって12月を新たな気持ちでスタートしたいと思います。
    テキスト11~16最終巻迄先日アマゾンから届きました。
    何かと気ぜわしい12月ですがよろしくお願い致します。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.若菜下の女楽(試楽)、この場面は六条院栄華の頂点でこれを境に暗転するわけです。その華やかな中で一人暗鬱だったのが紫の上ということでしょうか。何せ正妻の座を女三の宮に譲って一人の女君として次席に甘んじる。堪らなったでしょうね。(女楽の華やかな描写、女君を花に喩えた描写は王朝美の最たるものだと思います)

      2.松阪周辺見聞録、興味深く読ませていただきました。随分中味の濃い散策でしたね。酷暑の夏に訪れたときのことを思い出しました。爾来宣長に因んで机の上に土鈴をおいて時々鳴らして勉強家にあやかろうなんて考えています。

      3.どうぞストレスには気をつけてください。ストレスフリーが一番大事だと思います。
      「源氏読み」もどうぞ気楽にお付き合いいただければと思います。よろしくお願いします。

  2. 式部 のコメント:

     来週からの「柏木」についてなので少し早いですが忘れないうちにコメントします。
     巻名「柏木」は女二の宮(落葉の宮)の返歌からとったと単純に思っていましたが、もっと深い意味が隠されているのではないかと、ふと思いました。
     ウイキペデイア等で「カシワ、植物」を検索した結果が以下の通りです。
     「カシワは落葉樹だが、秋に葉が枯れても翌年の春に新芽が芽吹くまで葉が落ちることがない。そのため冬季の強風を防ぐ効果を果たす。
     葉には芳香があり、さらに翌年に新芽が出るまで古い葉が落ちない特性から~代が途切れない~縁起物とされ・・・・・」
     この部分を読んで源氏物語の登場人物に置きかえてみると納得できるのです。
     「柏木」は死んでもその子「薫」が残り、薫には生まれながらの芳香がある。
     そして柏木は薫の成長を笛とともにどこかで見守っている。
     そんなストーリーがこの巻名から感じられるのです。
     私の勝手な想像です。
     なお「柏木」とは王朝和歌における衛門府、衛門督の雅称だそうです。
     昔、源氏物語を読んで巻名をつけた人は、本当はどう考えてつけたのでしょうね?
     いろいろ考えると面白いです。千年の源氏つながりです。

    • 清々爺 のコメント:

      いやぁ、素晴らしいコメントありがとうございます。

      私も式部さんに倣ってチェックしてみました。柏の木、柏の葉のことよく分かりました。なるほど柏木物語(宇治十帖の薫まで含め)にピッタリの巻名ですね。私は巻名は紫式部が付けたと思っていますが紫式部がそこまで考えて女二の宮(落葉の君)にあの歌を詠ませたと考えることも可能だと思います。

      一方我々読者が彼のことを「柏木」と呼ぶのはあの歌からで源氏物語の記述で彼を「柏木」と呼んでいる部分はありませんものね。作者と読者が共同で付けていった巻名&呼び名だと思います。

       (注)柏木は玉鬘に贈った歌から「岩漏る中将」とも呼ばれる(胡蝶p62)

      それにしても「葉に芳香がある」「枯れても新芽が出るまで落葉しない~代が途切れない」とはすごいですね。話の流れにもピッタリで説得力あると思います。

      「柏木」が王朝和歌における衛門府、衛門督の雅称とされるのはいつどの歌からなのか興味があります。ひょっとして源氏物語で「衛門督=柏木」となったからではないでしょうか。

  3. 青玉 のコメント:

    なるほど、式部さん目の付けどころが違いますね。
    私など柏と言えば単純に柏餅を想像してしまうのです。
    そこで私も式部さん同様色々調べてみて面白かったです。

    千葉県柏市には柏の葉という地名があるとか、柏の木には葉守の神が宿るという伝承から皇居警備の任に当たる兵衛または衛門の異称とかいろいろありました。
    調べれば知識は色々増えるのですが悲しいかなすぐ忘れてしまうのも近頃の傾向です。

    • 清々爺 のコメント:

      実は私の住む流山市は柏市の隣り、従って柏レイソル(サッカーJ1)のフアンなんです。「柏の葉」は市街地開発に伴い近年付けられた地名で(多分)単なる思い付きだと思います。でも近くに住んで毎日のように行き来している地名でも面白いことがあるものですね。まさか源氏物語「柏木物語」から「柏の葉」を考えるようになるとは思いませんでした。そういえば柏餅って葉っぱに匂いがあるから柏の葉が使われているのでしょうか。

  4. ハッチー のコメント:

    皆さんのコメント楽しく読ませていただきました。
    長い“若菜”何とか読み終えました。上より下の方が、慣れたせいか、読みやすかったようです。

    桐壺帝ー藤壺ー源氏、源氏ー女三宮ー柏木、仰るようにシンメトリーですね。比較もしながら、中々興味深く読めました。桐壺帝が藤壺と源氏の秘密ごとを知っていたのか、昔から色々議論があるとのことですが、小生は、女三宮の不義を源氏は知ることになったのだから、桐壺帝もやはり知っていたと考えることにします。でも、そのことはだれにも言わなかった(言えなかった)、その方が、物語として面白いです。
    薫もどこかで実の父を知ることになるのか、これもまた今後の楽しみです。

    後で詳しく書きますが、先週角館に行きましたが、武家屋敷に見たこともないほど大きな大きな柏の木があり、大きな大きな葉っぱが落ちていて、おおこれが柏餅の柏の葉だと感激して帰ってきたところ、皆さんが柏談議をされているので、偶然の一致に驚いています。

    これは備忘録ですが歌では、次の二つが気になりました。

    たれかまた心を知りて住吉の神世を経たる松にこと問う  (源氏)

    消えとまるほどやは経べきたまさかに蓮の露のかかるばかりを (紫の上)

    話を変えますが、先週11月26日より東北の温泉にいってきました。温泉のほか、奥の細道もできるだけ辿ろうと旅してきました。

    一日目:

    平泉に行きました。
    中尊寺の金堂は素晴らしかったです。学生時代に一度見た時は思ったよりも小さいとの印象でしたが、いやいや立派でした。
    五月雨の降りのこしてや光堂
    と読んだ芭蕉の気持ちが良く解り、嬉しくなりました。
    この日、ニアミスで会えなかったのですが、ケネディー大使も中尊寺を訪れています。紅葉もおそいかと思ったのですが、さにあらずきれいで、木々の紅葉に加え、小雨降る参道の紅葉の絨毯も格別でした。
    また、高館にも登りましたが、畑の中に北上川と衣川が見え、コンクリートの国道や堤防が邪魔でしたが、芭蕉が昔を偲び涙したという風景も中々でした。。
    夏草やつわものどもが夢の跡

    花巻温泉泊

    二日目:

    宮沢謙治記念館を見て、乳頭温泉へ、30センチの雪が降り、雪見で鶴の湯を楽しめ最高、国民休暇村泊

    3日目:

    角館を見て、稲庭うどんを食べて、雪の小安峡温泉泊。湯沢と小安峡温泉の間に稲庭と言う元お城があり、今稲庭町でうどん製造元が20-30軒あり。

    四日目:

    雪の最上川見物、戸澤藩船番所跡(立派な建物が復元済み)より最上川を眺む、ここのところ雨が多く、早くはないが水量充分
    五月雨を集めてはやし最上川の気分

    知人がいる酒田へ、大好きな土門拳の写真記念館を見て、寿司を喰って酒田泊。

    五日目:

    知人の案内で尾花沢へ、芭蕉清風歴史記念館へ行く。昭和58年作成のビデオが40分ほど上映されており、尿前の関(10月訪問済み)から尾花沢へ、そこで10日間滞在、あと山寺訪問まで紹介されていて、詳しくは書きませんが、清風が江戸で紅花を焼いたと嘘をつき相場を高騰させ、三萬両儲け、吉原の遊女が可哀想だと3日吉原を貸し切り門を閉め、遊女を休ませたという話を聞き、”かれは富めるものなれども、志いやしからず”の意を納得。
    紅花のドライフラワーを見て、末摘花も思い出す、

    そのあと、山形蕎麦街道でも一番の評判店 七兵衛そばで蕎麦を賞味、大根汁の蕎麦ツユが抜群に美味しかったです。

    最後に、真下慶治美術館へ、最上川を描き続けた画家。そして帰路へ。

    では、柏木頑張って読んでいきます。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.若菜上下、長く読みごたえがあったでしょう。「何とか」でも読み終えるのは立派ですよ。

       ①桐壷帝は知っていた、、、私もそう思います。紫式部は読者は必ずそう読むだろうと確信していたのだと思います。だって知らなかったではそれこそ「お話になりません」ものね。

       ②和歌、紫の上のは切ないですね。死の淵を彷徨った後で気弱になるのは仕方がないでしょうが死を悟った歌ですね。そんな歌を詠みかけられても源氏は女三の宮の所へ出かけていく(いかねばならない)。可哀そうとしかいいようがありません。

      2.東北(温泉+奥の細道)紀行、面白く読ませてもらいました。ゆっくりといい旅ができましたね。奥の細道の部分はともかく温泉は何れも行ったことないので羨ましいです。

       ①平泉~酒田、奥の細道の中で一番中味の濃い部分ですもんね。尾花沢をじっくり見れたのはよかったでしょうね。清風は嘘をついて巨万の富を築いたのですか。まあこれも商売上のテクニック、芭蕉が誉めているのだから立派な人だったのでしょう。清風は芭蕉を歓待し芭蕉はそれに応え奥の細道で褒めちぎった。おかげで尾花沢も清風も今や全国区的に有名です。さすが商売人ですね。

       ②宮沢謙治記念館、土門拳の写真記念館、芭蕉清風歴史記念館、真下慶治美術館、、、よく旅の準備ができていますね。見習わなくっちゃ。

       ③角館武家屋敷の柏の大木、ネットで見ました。落葉もあったでしょうが枯れたまま残っているのも沢山あったということでしょうか。すごいですね。
        →柏木、がんばって読み進めてください。

  5. ハッチー のコメント:

    尾花沢の項の追記(小生備忘録として)

    紅花 ドライフラワーを見て

    まゆはきを俤にして紅粉の花

    なるほどとと納得。

    • 清々爺 のコメント:

       まゆはきを俤にして紅粉の花

      いいですね。実は奥の細道63句の中で私が一番好きなのはこの句なんです。女性の匂いがしますもんね。吉原の遊女の話を聞けば尚更かもしれません。

      そして芭蕉が道中で詠みながら奥の細道に入れなかったとされるのが、

       行くすゑは誰が肌ふれむ紅の花

      これも芭蕉には少ない艶っぽい句だと思います。
       

  6. 進乃君 のコメント:

    この帖は、清々爺の解説がなかったら、気付かなかった所や
    こんがらがった箇所が多々ありました。
    例えば、①「G42-45年、空白の4年間」← 気づきませんでした。
    ②「紫の上 1月発病 3月二条院へ移る 4月危篤、
           5月物の怪なかなか去らず(しつこい)
           6月やっと小康状態、源氏はずっと二条院で看病
           その間4月に柏木が女三の宮と密通」
                              ← これで頭がすっきり。
    源氏物語は、ドナルドキーンさんも嘆いていましたが、主語が無い。
    ま、これは許す(?)としても、時の”経ち方”が実にいい加減で、
    読み手の立ち所を一瞬にして危うくさせます。

    若菜では、過去の人も多く登場或いは言及されます。
    すでにベストセラーになっていたのでしょうね。
    源氏が、あの”葵の上”を回顧するシーンもありました。
    思ふには頼もしく、見るにはわづらはしかりし人ざまになむ』。
    いやはや上手いこと言いますね。

    いずれにしても この帖のクライマックスは 柏木と三ノ宮との
    密通・情交場面に尽きます。
    清々爺のコメントに「情交時に猫(獣)の夢を見るのは懐妊を暗示」と
    ありましたが、情交に猫を絡ませるのは、とてもエロティックです。

    PS 清々爺のコメントのどこかに、私の好きな、
       頭中が亡くなった、と書かれていた記憶がありますが、
       若菜下(39,40)に「 ③病人柏木を引き取りたい父(頭中)
       &母(四の君)」とも書かれていました。
       頭中はsofar健在ですよね?

     「道しるべ」は WORDに落として、(PCの画面で)読んでいます。
     こうすれば、私の感想や、他からの資料文献を引用転記して
     打ち込んで保存出来るからですが、このWORDの頁数が
     324頁になりました。
     清々爺の 執筆POWERに 感服です。
     引き続き 素敵な解説、コメント、対話を 楽しみに
     しています。
     
     私事ながら、明後日27日に関西へ。
     今年は AUDIで 東名を ぶっ飛ばすのではなく、
     3日ほどかけて東海道の在来線に乗って、カミさんの
     実家がある堺に行き、新年を迎えます。

     来年も宜しく。
     好い年をお迎え下さい。 

      

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。若菜下まで終わりましたか、頑張りましたね。

      1.源氏物語の時の経ち方は決していい加減ではありません。むしろ理路整然と矛盾することなく書かれています。紫式部はきっと常に年表(年立)を見ながら書き進めたのだと思います。ただG何年とか記述がないので読者の側で整理して読まないと訳が分からなくなってしまいます。私が「道しるべ」をやろうとしたのはその辺を整理して読み解きの助けにしようと思ったからです。場所(Where)と時(When)には拘って書いているつもりです。是非参考にしてください。

      2.柏木と女三の宮の密通場面、汗がでましたね。おそらく源氏物語中の最大の場面だと思います。私は源氏物語にちょっと飽きた気になるとこの段を読むことにしています。「すげぇ~」と感心してまた読み続ける気になるのです。

      3.勿論頭中は健在です。若菜下7.に官職から引退したとの記述があり
           [③太政大臣(頭中)、致仕(退位)
            →51才、チト早いがご苦労さまでした。]
        とコメントしたのでこれを勘違いされたのではありませんか。
       
        柏木の父として、女二の宮の舅として、夕霧の岳父として、雲居雁の父として今後とも柏木物語・夕霧物語の重要脇役として活躍していきます。

      4.Wordを駆使して読み進めですか。仕事で使った技が生きているようですね。素晴らしい! 年末年始の帰省、いいですね。ゆっくり楽しんでください。

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