p148 – 160
30.紫の上小康を得、源氏、女三の宮を見舞う
〈p261 五月の梅雨の頃などは、〉
①紫の上 1月発病 3月二条院へ移る 4月危篤
5月物の怪なかなか去らず(しつこい) 6月やっと小康状態
(源氏はずっと二条院で看病している。その間4月に柏木が女三の宮と密通)
紫の上は源氏の看病に応え気力を振り絞って回復に努める(えらい!)
②密通後の二人
女三の宮 立ちぬる月より物聞こしめさで、いたく青みそこなはれたまふ
→源氏は怖いし柏木は不快、当然であろう。
柏木 かの人は、わりなく思ひあまる時々は夢のやうに見たてまつりけれど、
→我慢できなくなった折々は密会を重ねていた!!
→後悔して反省したのではなかったのか!?信じられない男である。
→それにしても周りにバレずによくできたことである。
→女三の宮も消極的ではあったが受け入れていたのだろう。これも不思議。
宮は、尽きせずわりなきことに思したり。
③女君は、暑くむつかしとて、御髪すまして、すこしさはやかにもてなしたまへり。
→紫の上、発病以来初めて洗髪。病人でやつれてはいるがさすがにきれいである。
④紫の上 消えとまるほどやは経べきたまさかに蓮の露のかかるばかりを
源氏 契りおかむこの世ならでも蓮葉に玉ゐる露の心へだつな
→死の淵から蘇った紫の上、源氏と共にもっと生きていたいとの切実な叫び。
⑤源氏久しぶりに六条院女三の宮のもとへ。
女房「例のさまならぬ御心地になむ」 ご懐妊のようです
源氏「あやしく、ほど経てめづらしき御事にも」 えっ、おかしいなぁ
→紫の上のことで頭いっぱいで期待も感動もない(脚注18)とあるが全能なる源氏のこと、オレじゃないぜってピンときたのではなかろうか。
⑥源氏は二三日女三の宮の所に逗留。柏木が嫉妬して女三の宮に手紙を書く。
→後悔反省、源氏への畏れはどこへやら、異常行動としか言いようがない。
→小侍従もよほどのバカ女である。
⑦すこし大殿籠り入りにけるに、蜩のはなやかに鳴くにおどろきたまひて、、、
→ここで実事あったのではと丸谷才一は言っている。そうかも知れません。
⑧女三の宮 夕露に袖ぬらせとやひぐらしの鳴くを聞く聞く起きて行くらん
→この歌は含蓄深い。この歌の所為で源氏はもう一泊することにし事件が起こる。
→「ひぐらしの声」は女三の宮の閨での甘え声を象徴している、、、なんてのは読み過ぎか。
源氏 待つ里もいかが聞くらむかたがたに心さわがすひぐらしの声
病気平癒の祈願、また源氏の献身的な看護、そして紫の上の生への願望が功を成したのか先ずは小康状態に安堵します。
病み上がりの紫の上 それはそれで面やつれしてさぞや美しかったのでしょうね。
紫の上も生まれ変わったような気持ちで何もかもが愛おしく新鮮に見える姿は読者も微笑ましく感じます。
同時に女三の宮の様子も気がかりな源氏・・・
柏木と女三の宮の密会が一度ならず複数回というのは何とも驚きですね。
そこに女三の宮の意思がなかったとは到底思えないんですが・・・
一度なら過ち、または突然の不意を襲われることもあり得るでしょう。
いやいやながらも受け入れたと言うことでしょうか?
納得いかないですね。しかも懐妊とは・・・青天の霹靂です。
女三宮の和歌
夕露に袖ぬらせとやひぐらしの鳴くを聞く聞く起きて行くらん
女心の複雑さを感じます。
女三の宮の媚ともとれるし「行かないで」という甘え、また源氏への罪の意識がこのような歌になったのかも。
今までの女三の宮のイメージが変わりました。
ありがとうございます。
おっしゃる通りここは女三の宮のことを読み取るところだと思います。何回もの密会があった、、、信じられませんね。柏木と小侍従で周到に仕組んだため宮は抵抗する術もなかったのかもしれませんが、結局は受け入れていた。無垢な皇女の弱さか或いは性的に抗しがたいところがあったのか。よく分かりません。
今になっても世間を知らずただあどけない皇女でそれが故に性的なことも左程深刻に考えずルーズな面があったということでしょうか。
あらぬ密通を重ねたという点では源氏と藤壷(少なくとも2回)、源氏と朧月夜が思い浮かびますがその何れとも違う感じです。
宮の歌は青玉さん解釈の通りだと思います。源氏への甘え、罪の意識、怒られたくない恐怖、、、取り混ざったものでしょうね。