雨夜の品定めで語られる体験談、その内この段だけは物語に深く繋がるので面白いし重要です。
p110 – 116
10.頭中将の体験談-内気な女
〈p87 「わたしは、ひとつ馬鹿な男の話をしましょう」〉
①第四巻で源氏と恋の冒険物語を繰り広げる夕顔のことが語られる。
夕顔は「男の言うままになる大人しくか弱い女性でそれだけに愛おしくなる」と言うイメージで、従来源氏物語中の好ましい女君ランキング上位に入る女性なのだが、そのイメージはこの段の頭中の話に依る面が多い。
②「いい関係で、娘までできた仲だったのに、、、」頭中は夕顔が消息を絶ったことを心から悔やんでいるのであろう。
→何故もっと八方手を尽くして探せなかったのだろうか。
(若紫の失踪の時もそうだが余り探さない。警察もいないしあきらめたのだろうか)
③夕顔と頭中の常夏・撫子の歌の贈答はなかなかいい。
夕顔「山がつの垣ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子の露」
頭中「咲きまじる色はいづれと分かねどもなほとこなつにしくものぞなき」
夕顔「うち払ふ袖も露けきとこなつに嵐吹きそふ秋も来にけり」
④夕顔の所に頭中の妻(右大臣の四の君)から相当な脅しでも入ったのであろう。ここでも右大臣系の悪役ぶりが示唆されている。
→上記「うち払ふ」の歌の「嵐吹きそふ」は妻側からの脅しを指しており、この意味を頭中が解さなかったところに悲劇がある。歌の読みとりかた一つで恋のゆくえまでもが変わってしまう。(俵万智)
⑤この雨夜の品定めがG17年5月、そして源氏が夕顔と逢うのがその直後6~7月のことなのです。当然紫式部はこの段を夕顔の巻の序として書いたのでしょう。
この(10)の場面を初めて読んで後の夕顔と源氏、右近、玉鬘、更に髭黒と様々な人物に繋がり発展していくとは想像だにできませんよね。
この辺のところも紫式部は最初から折り込み済みだったのでしょうか?
そうだとすればこの大長編物語の構想力にも脱帽です。
若き中将の男本位の言動の陰に隠れた女の微妙な感情が上手く表現されていてここでも紫式部の力量を感じます。
最期の吉祥天女…面白く締めていますね。
帚木のこのくだりを書いていたときに玉鬘十帖まで見通していたのかは分かりませんが、夕顔を書いたときには最後まで構想があったのではないでしょうか。私の感覚です。
ここでの頭中はすごく照れてますよね。心の中ではもっと愛していたと思うのですが。
吉祥天女、そうですね、これを持ち出せば議論は終わってしまいますもんね。でもいい終り方だと思います。
犯罪などを取り締まる「検非違使」があったのに、おそらく届けなかったのでは?
上級貴族はそんなことかっこ悪くてできなかったのでしょうか?
女子供の一人や二人どうってことはない、なんて考えていたのだったら悲しいですねえ。
私が納得できないって言うか憤りを感じるのは幼い若紫がいなくなったのに何もせず放っておいた式部卿宮です。弱き庶民ならいざ知らず最上流貴族がそれでは困りますよね。