「雨夜の品定め」について
内容のことはともかくこの言葉は有名です。長雨の宮中で源氏と頭中、そしてその取巻きが女性のことを語り合う。年頃の男同士、多少とも女性経験で先行している者は先輩面して「オレはこんなこと知ってるんだぜ」って自慢話になる。45年前の学生寮で雨の夜も晴れの夜もやっていたものです。
p70 – 78
2.五月雨の夜の宿直に、女の品定め始まる
〈p57 五月雨が長く晴れ間もない頃、〉
①G17年5月梅雨時。場所は宮中の源氏の住まい。
左大臣家の息子たちが源氏のところに遊びに来ている。
②その左大臣家の嫡子「頭の中将」の紹介。
年令は+5だろうか(葵の上が+4でその兄だから)
即ち源氏17才、頭中22才
身分的には下だが兄貴分的親友(義兄)で学芸も遊びもいっしょ、後には後宮を巡るライバルとなる重要人物
右大臣家の四の君を妻にしているが源氏同様しっくりいっておらず遊び回っている。
③源氏と頭中の女性論議始まる。
この源氏と頭中の掛け合い問答が面白い。頭中がこの道の先輩として三階級論を述べる。源氏が更に質問追及すると左馬頭と式部丞が助っ人で現れる。絶妙な話回しだと思います。
3.頭中将の弁-女の三階級について
〈p63 左馬の頭は、「いくら成り上がって出世しても、〉
①頭中の「中の品論」、これが大事なコンセプトです。当初紫式部は上流貴族だけの話として(紫のゆかり)書き出したがそれだけでは物足りなくなって受領階級の娘のことを持ち出したのではないでしょうか。
②教養ある受領階級の娘。紫式部自身のことも言ってるのでしょう。それと中宮定子の母、高階貴子(百人一首No.54)が思い浮かびます。
③一番最後のところ、「中将憎む」この言い方、大好きです。
頭中がしたり顔で自説を展開する「源氏の君よ、アンタにゃ未だ分からんだろうけどこうゆうことなんでっせ」。
源氏が切り返す「ホンマかいな、そんなこと誰が決めたんや」
といった調子の若者の女性論議だと思うのですがいかがでしょう。
身分社会・男尊女卑社会とはいうものの「女の品定め」などというとすごく下品な感じでウーマンリブ関係者には耐え難い表現かも知れませんね。私もこういう言い方は好きじゃありません。
[今日からしばらく姫路の娘一家のところへでかけ、そこから四国観光・津での同窓会に行ってきます。投稿は予約にしてありますがコメントへの返信が遅れるかもしれません。ご容赦のほどを]
昨日は「腹立たしい」とコメントしましたが夕べ再度読みなおしてみて冷静になれました。
又朝のウオーキング中も歩きながらこの場面をいろいろ想像しました。
女、三人寄れば何とやら・・・と同様、男三人寄れば話題は推して知るべし・・・
これしきのことで腹を立てるのは大人の女とは言えません。
青臭い若造が知ったかぶりでほざいていると思えばここはまあ寛容、大目に見て差しあげましょう。
可愛いと思えば真の大人、憎らしいと思えばこちらもまだ子ども、二十歳の小娘でもあるまいしね・・・
それに所々、口惜しいけどなるほど・・・と思える箇所、無きにしもあらず。
一夜明けて考えが変わりました。
とは言えこれから延々と男の手前勝手な言いたい放題の戯言が続くのは辟易ですね。
若い時に若者らしく若者特有の議論をする。これって凄く大事なことだと思います。そういう過程を経てこそまっとうな大人になっていくのではないでしょうか。これも65才になってこのくだりを読んだからこそ言えるのだと思っています。
思い出したのですが、確か中学校か高校の時の古文の教科書に、「雨夜の品定め」があったと記憶しています。なぜこの巻だったのか、単に桐壷、帚木と順に載せただけだったのか、なんらの意図があったのか、今考えてしまいますね。その当時は「勝手なことよく言うよー」と感じたくらいです。
現在の私の歳になると、笑ってしまいますね。
えっ、雨夜の品定めが教科書にあったのですか。全く記憶にございません。式部さんはよっぽどませてたのですね。
でもいいと思いますよ。しっかりした先生が真剣に話してくれれば生徒も色々考えるでしょうからね。
式部さんって素敵!!声も良いけど大人のいい女ですわ。
大人げない私と違い受け止め方が大人ですもの!!
青玉さん、私褒められて照れちゃいますよ。
でも、ありがとうございます。
このコメント欄を使って打打発止といきましょう。
参加者が増えるともっと面白くなりますね。
ちょっと待ってください。お二人にタッグを組まれると立ち向かえる者はいなくなるかも。それに作者の紫式部のトーンも最初の光源氏礼賛のところはともかく段々と「男ってものは、、、、」ってトーンになるし、宇治十帖では「所詮男ってやつは、、、」って風になっていくんですからね。
でも誠に頼もしい限りです。どうぞ大人の女の議論をドンドン展開してください。そこに本欄の意味があるのですから。楽しみにしています。