東屋(33・34) 中将の君、浮舟の将来を思案

p107-112
33.中将の君、左近少将をのぞき見 歌の贈答
 〈p264 常陸の守は、婿の少将のもてなしを、〉

 ①常陸介邸には左近少将が婿として入っている。常陸介は上にも置かずもてなす。
  この人によりかかる紛れどももあるぞかし、、
  →中将の君は浮舟を振って実娘に乗り換えた少将が厭わしい。
  →少将が乗り換えたのも中将の君のお腹を痛めた娘であるのに、、、。

 ②中将の君は少将の様子を覗き見る。
  白き綾のなつかしげなるに、今様色のうち目などもきよらなるを着て、端の方に前栽見るとてゐたるは、いづこかは劣る、いときよげなめるはと見ゆ。
  →以外と結構見栄えがして中将の君はアレっと思ったことだろう。
  →作者、中将の君ともに正直な感想でしょう。
  →上には上がいる、下には下が。物事全て比較の問題である。

 ③中将の君は少将の風流心いかほどかと歌を詠みかける。
  中将の君 しめ結ひし小萩がうへもまよはぬにいかなる露にうつる下葉ぞ
  少将  宮城野の小萩がもとと知らませば露も心をわかずぞあらまし
  →一応それなりに歌は詠める。浮舟を振ったことでボロクソに言われている少将であるが功利主義者はどこにでもいる。邪悪な男とまでは言えないのでしょうね。

 ④左近少将は浮舟が八の宮の落し胤と分かったらしいがもし初めからそれを知っていたら浮舟を頂いたのだろうか。
  →常陸介が後見しない限りは成り行かない。さすれば中将の君は先ず常陸介を説得しなければならなかったということである。
  →常陸介も浮舟を自分のために利用しようとする気持ちはなかったのだろうか。  
  
34.中将の君、浮舟の将来を思って薫に及ぶ
 〈p267 宮城野の小萩を、宮さまのお種とかけたものと解釈して、〉

 ①浮舟をどうするか、中将の君思い悩む。
  宮は思ひ離れたまひて、心もとまらず。侮りて押し入りたまへりけるを思ふもねたし。
  →匂宮のことは元より念頭にない。身分が離れすぎているとの自覚であろう。

 ②この君は、さすがに、尋ね思す心ばへのありながら、うちつけにも言ひかけたまはず、つれなし顔なるしもこそいたけれ。
  薫は浮舟のことに興味がありながらガツガツしていない。
  →中将の君は薫にもらって欲しいと心に決めている。
  →思案は自らの決心を確かめるためのものであろう。

 ③世の人のありさまを見聞くに、劣りまさり、賤しうあてなる品に従ひて、容貌も心もあるべきものなりけり、
  →人柄の良し悪しも品格の程も全て生まれつきの身分で決まる。平安貴族社会を言い得ている。
  →人格も身分で決まるというのは身分が高ければ然るべく教育も受けられ人格が磨かれるということであろうがそこまでストレートに言われると違和感を禁じ得ない。

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4 Responses to 東屋(33・34) 中将の君、浮舟の将来を思案

  1. 青玉 のコメント:

    中将の君、浮舟のことで頭はいっぱい、少将のことなど眼中にないようですがふと見るとまあまあである。
    人間の本質を突いていて正直で面白い見方です。
    同じ人物でも置かれた環境によって見方が変わる経験って日ごろ我々も感じること、多々あります。
    中将が試みの和歌を詠みかけるのも面白い仕掛けです。
    無難に返歌も交わされているようです。
    「もし八の宮の貴種と知っていたら」との返歌は誠に正直で中将の君も何やら鬱憤を晴らしているように見受けられますね。

    さてそんな中将、心に浮かぶのは薫の君。
    自慢の娘、浮舟でさえも薫にはあまりにも不遜で叶わぬ夢とあれこれ葛藤する母心、わからないでもありません。

    浮舟大事、浮舟一途な中将その続きは?

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.ここで常陸介邸に婿に入った少将の様子が織り込まれるのは素晴らしいと思います。浮舟との約束をあっさり破った少将は物語の語り口では勿論悪者ですがよくよく考えると中将の君の一人相撲的な面もあって条件を聞いて少将が介の実娘に乗り換えたのも極悪非道とは言えますまい。二条院の風情ある萩の様子を語り中将の君との歌の贈答も身分相応のものは身につけているのじゃないでしょうか。

      2.繰り返しになりますが

       世の人のありさまを見聞くに、劣りまさり、賤しうあてなる品に従ひて、容貌も心もあるべきものなりけり、

      作者が中将の君に語らせている上の言葉は源氏物語読み解きに極めて重要だと思います(好き嫌いは別にして)。

  2. 青玉 のコメント:

    世の人のありさまを見聞くに、劣りまさり、賤しうあてなる品に従ひて、容貌も心もあるべきものなりけり、
    これは貴族社会における普通の意識であり感覚だったのでしょうね
    源氏全編に流れるこの考えは常に意識しておいた方がいいのでしょうね。

    例えば現代における財力さえあれば高度な教育が受けられ人格、品格、器量も磨けるチャンスに恵まれるという傾向も抵抗ありますね。(身分を金と置き換えれば)

    努力や能力が財や氏素性にかかわらず報われ、チャンスは平等に与えられる世であって欲しいですね。
    その意味では平安の世に生まれなくてつくづくよかったと思います。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      いつの世にも差別・格差はありますが平安時代は極端なんでしょうね。現代も徐々に格差が大きくなっているように感じます。全体対応とともに個々の対応も大事だと思っています。

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