東屋(25・26) 浮舟、危機一髪

(丸谷)ここの場面は、小説の場面としては、ひょっとすると「源氏物語」全巻のなかで、いちばん面白いところかもしれません。
(大野)実に鮮やかに書いてある。時間の経過、中心人物の行動、それをめぐる女房の動き、強姦しようとした男の女房への対し方など。
(丸谷)強姦未遂のシーンのなかに、当時の一社会全体が入っている。ここは素晴らしいと思う。 

p81-88
25.乳母の困惑 右近、事態を中の君に告げる
 〈p243 姫君の乳母はいつもと違う人の気配がするので、〉

 ①乳母「これはいかなることにかはべらん。あやしきわざにもはべるかな
  →すごい乳母の登場。作者の筆が躍る。

 ②匂宮「誰と聞かざらむほどはゆるさじ」とて馴れ馴れしく臥したまふに、宮なりけりと思ひはつるに、乳母、言はん方なくあきれてゐたり。
  →遠慮なく平然と振る舞う匂宮。さすが皇子である。

 ③右近登場。これは中の君の女房。後で出てくる浮舟の女房の右近ではない。

 ④右近、匂宮、乳母。三人が三人ともそれぞれに「苦し」を連発する。
  →脚注17 それぞれの困惑を強調している。

 ⑤右近「げにいと見苦しきことにもはべるかな。右近はいかにか聞こえさせん。いま参りて、御前にこそは忍びて聞こえさせめ」
  →右近は匂宮の女癖を知っている。「奥さまに言いつけますよ」と脅したつもりが匂宮はびくともしない。さすが、匂宮。

 ⑥匂宮「あさましきまであてにをかしき人かな。なほ、何人ならん、右近が言ひつる気色も、いとおしなべての今参りにはあらざめる」
  →匂宮は単なる新参女房ではないとピンと来る。それにしてもいい女だ!

 ⑦中の君「例の、心憂き御さまかな」
  →中の君、もう髪は乾いたのだろうか。「しまった!」と思っても遅い。
  →浮舟を隠していたにしては無防備だったのでは。
   (オオカミの館にウサギを隠すようなものではないか)

26.匂宮、中宮の病を知らされ浮舟から離れる
 〈p246 「今日は上達部が大勢おいでになり、〉

 ①右近「かの乳母こそおずましかりけれ。つと添ひゐてまもりたてまつり、引きもかなぐりたてまつりつべくこそ思ひたりつれ」
  →右近が見た乳母の様子。匂宮に手出しまでしかねない!実に頼もしい乳母ですねぇ。

 ②中の君付きの女房二人の露骨な会話
  少将「いでや、今はかひなくもあべいことを」
  右近「いな、まだしかるべし」
  →「He did it!」「Maybe not!」

 ③上は、いと聞きにくき人の御本性にこそあめれ、すこし心あらん人は、わがあたりをさへ疎みぬべかめりと思す
  →中の君は居直ればいいのに。「あの人の女好きは治らない病気なんです」って。

 ④ここに助けが入る。匂宮の母明石の中宮が病気!すぐ参内しなければ。
  渋る匂宮だが弟(中務宮)も中宮職の筆頭役人も来ているとなるとさすがに放ってはおけない。
  →危機一髪で難を逃れる浮舟。でもこれでは終わらない。実に巧みな展開である。

 ⑤いみじう恨み契りおきて出でたまひぬ。
  →浮舟にどんな言葉をかけて離れて行ったのだろう。
   「ボカァ 君を決して忘れないからね、、、」いやもっと巧みな言い方でしょうね。

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4 Responses to 東屋(25・26) 浮舟、危機一髪

  1. 青玉 のコメント:

    乳母の困惑、さもありなん。
    腰を抜かさんばかりの驚きではなかったでしょうか。
    気丈な乳母、当初はこの不埒な男(匂宮)が当家の主人とは気付かなかったのでしょうね。気付いてからの困惑・・・乳母、言はん方なくあきれてゐたり
    しかしこの乳母、頼もしいですね。我が女主を守りたい一心でしょうか。

    匂宮のふてぶてしい傲慢さ、自分が誰であるか解っているのかという態度です。
    ここで思うのは前回の段での青黄の宮さんのコメント。
    「匂宮は3歳程度の幼児がそのまま大人になったような人物ですね」
    気に入ったものはすぐ自分のものにしたい、特に他人の持っているものをよけいに欲しがる幼児性に気付かされます。

    右近、匂宮、乳母のそれぞれの立場からの困惑が伝わります。
    匂宮の好色を百も承知の中の君、女房にまで露骨に噂されるのは自身も身を切られるような屈辱ではないでしょうか?
    私なら忍辱の鎧を着たって耐えられません。

    追い詰められた浮舟。
    そこへ運よく(浮舟にとっては、匂宮にとっては運悪く)中宮の病気の知らせ。、
    救いの神は中宮の病気、危機一髪でしたね。
    ホッと胸を撫で下ろしましたが・・・

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      面白い場面ですねぇ。深刻な強姦未遂場面だと言うのに書き振りはどことなく滑稽タッチで余り深刻な感じはしません。乳母が必死の形相で居座っていたというのがいいですね。匂宮が浮舟を押さえつけていた時間は2時間以上だろうとも言われています。柔道の寝技も30秒で一本というのに2時間もよく体力が続いたものです。

      読者も匂宮の好色さ、貪欲さをよく分かっているので「ああやっぱりなあ」という感じでしょうか。中宮の病気で水入り引き分けとなったこの続き、匂宮としてはこのままでは引っ込めないところでしょうね。

      おっしゃる通りここでは中の君の困惑が一番気の毒ですね。私は「居直ればいいのに」なん無責任に書きましたが愛する夫を悪しざまに言われてはそんなことで心は安まりませんものね。

  2. 青黄の宮 のコメント:

    今回の匂宮の振る舞いを見て、ますます彼の幼児性を確信しました。わがままな幼児はミッキーマウスの人形やアンパンマンの弁当箱を持っていても、ドラエモンの筆箱が欲しいと思うと泣き叫んで親にねだる。シュークリームやチョコレートを食べた後でも、アイスキャンデーを見るとバーを掴んで離さない。今回の匂宮は好色というより、ただただ貪欲そのもの。だから、純粋で可愛いと言えるのかもしれませんが…。
    いずれにせよ、白昼の強姦に等しい行為で女性をモノにするのはよろしくない。頼もしい乳母と中宮の病気のおかげで、浮舟が危機を脱することができてほっとしました。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      好色を自認する青黄の宮さんにしてもさすがに匂宮の振舞には賛同いたしかねるようで安心しました。

      このような白昼堂々の強姦行為などは天皇(&それに準じる皇子)だけに許されたことなんでしょうね。逆に言うと天皇は人間でなく神だから何でも許される。女性も神に召されるとあらば喜びこそすれ拒むことなどできっこない。そんな特別な存在として育てられ世間もそれを容認してきたということでしょうか。

      第一部のスーパーヒーロー光源氏はそのような描かれ方だと思います。ところが宇治十帖では匂宮を登場させ何でも許される匂宮の心の中を探っていく、、、この辺りが読みどころだと思います。果たして匂宮は三才児がそのまま大人になった幼児性のみの男なのか。引き続きウオッチをお願いします。

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