p74-80
23.匂宮帰邸、中将の君の車を見咎める
〈p238 車を引き出す頃、少しあたりが明るくなりました。〉
①早朝常陸介の所へ帰る中将の君の車を宮中から帰ってきた匂宮が見咎める。
匂宮「何ぞの車ぞ。暗きほどに急ぎ出づるは」
→薫を警戒していたこともあり誰だ!と不審に思うのは当然であろう。
②中将の君の供人「常陸殿のまかでさせたまふ」
匂宮の供人「殿こそあざやかなれ」
→車を使うという点では同じながら、身分の違いをまざまざと描き出している。
③匂宮は中の君に車の事を問い質す。
中の君「人の聞き咎めつべきことをのみ、常にとりないたまふこそ。なき名は立たで」
→嫉妬深い匂宮。中の君もうんざりしたことだろう。
引歌 思はむと頼めしこともあるものをなき名を立たでただに忘れね
→脚注11 「たださっさと忘れて欲しい」とまでは言ってないだろう。ここは中の君は無実の罪は着せないで!と訴えているだけだろう。
24.匂宮、偶然に浮舟を見つけて言い寄る
〈p240 すっかり夜が明けてしまったのも知らずに、〉
①明くるも知らず大殿籠りたるに、
→もう明け方になって帰ってきたのに、、。それからすぐ閨に入って中の君を寵愛。
②夕方、匂宮が中の君の所へ行くと中の君は洗髪に出ており不在。
匂宮「をりあしき御ゆするのほどこそ、見苦しかめれ。さうざうしくてやながめん」
→選りによって中の君は洗髪、匂宮はがっかりしたことだろう。
③平安貴族女性の洗髪(長い長い髪故洗うのも乾かすのも大変だったろう)
米のとぎ汁を使う
陰陽道で洗髪してもいい日が限られていた。
今日過ぎば、この月は日もなし、九十月はいかでかはとて、
→脚注3 九月・十月はダメとなると2ヶ月以上も洗わなかったということか。
④ジャジャ~ン! ここで匂宮は浮舟を見つける。
「今参りの口惜しからぬなめり」
→新参の女房には必ず目をつける匂宮。ましてよさげな身分となると放っておけない。
→この時点ではまだ女房と思っている。中の君の異母妹とは知る由もない。
⑤目に留ったら最後見逃さない匂宮
いとをかしう見ゆるに、例の御心は過ぐしたまはで、衣の裾をとらへたまひて、こなたの障子は引きたてたまひて、屏風のはさまにゐたまひぬ。
→空蝉の時、朧月夜の時の源氏とよく似ている。
⑥匂宮「誰ぞ。名乗りこそゆかしけれ」
→源氏が朧月夜に言うのと同じ
「なほ名のりしたまへ。いかでか聞こゆべき」(花宴p250)
⑦さるもののつらに、顔を外ざまにもて隠して、いといたふ忍びたまへれば、、
→匂宮も顔を見せず慎重に対処している。何故だろう。
→「オレはこの屋敷の主だぞ!」ってまでは傲慢に振舞えなかったのか。
運悪く出合い頭の車のことでちょっとした言い争いから匂宮の疑い深く嫉妬深い性格が出ていますよね。
こんな相手、自由奔放が好きな私だったら息がつまりそう・・・
そして夕方、中の君の洗髪中の出来事、まさに偶発的な出会い・・・
匂宮が見逃すはずありません。
浮舟危うし、さあさあその先は?ドキドキ・・・
この二場面は「偶然」が重なりましたね。
ありがとうございます。事態は風雲急を告げてきましたね。
1.偶にしかしない(できない)洗髪がうまく小道具として使われています。床にも垂れる長い髪を洗うのですから大変だったでしょう。髪を洗う=「髪すます」または「ゆする」。
枕草子27段 心ときめきするもの、
かしら洗ひ、化粧じてかうばしうしみたる衣など着たる。ことに見る人なき所にても、心のうちはなほいとをかし。
大変なだけに洗うとさっぱりして気持ちよかったことでしょう。それにしてもいくら吉日が限られているといっても折角匂宮が来ている日に、、、。私なら陰陽道など無視して宮が帰ってからにしますけどね。
→目茶目茶勘ぐれば中の君は「私が髪を洗ってお相手できなければ宮はアチコチ行って浮舟を見つけるかもしれない、、、まあそれもいいか」なんて思ってたのかもしれません。
2.源氏が浮舟を見つけてすぐ「衣の裾をとらへたまふ」所は祖父源氏にそっくりですね。こういう有無を言わさぬ傍若無人な行動は天子あるいはそれに列する皇子だけに許されることなんでしょう。臣下の薫にはその性格からしてもとてもできるような振舞いではないと思います。
→「浮舟、危うし」と見るか。
→「さすが匂宮、ガンバレ」と見るか。
匂宮は3歳程度の幼児がそのまま大人になったような人物ですね。少し前から、孫3人と一つ屋根の下で暮らすようになった小生から見ると、匂宮の心の動きや立ち居振舞いは下記のように孫とそっくりと感じています。
第1に、何にでも興味を持つ。孫どもは家の中をいろいろ歩き回って、面白いものがないか探しています。匂宮も中将の君の車を見咎めて誰が乗っているのか興味を持つたり、中の君が洗髪だと分かると屋敷の中をあちこち歩き回って面白いものを探し出そうとしています。
第2に、結構、嫉妬深い。孫どもは自分の母親が他の子供に親切にしようすると、すぐ駄々をこねます。匂宮も嫉妬心から中将の君の車には薫が乗っていたのではないかと疑います。
第3に、気に入ったものにはすぐに自分の物にしようとする。孫どもはアイスキャンデー、新しい玩具、漫画のDVD(録画)などを見つけると、すぐに飛び付いて離そうとしません。浮舟を見つけると、すかさず着物の裾を捉えて離そうとしない匂宮も孫どもと同じです。
「幼児と同様に思いついたらすぐに行動に移す匂宮」と「うじうじと思うだけでなかなか動かない薫」、この対照的な2人が浮舟とどのように関係していくのか、誠に興味深いものがあります。清々爺から質問された今回における匂宮の浮舟に対する振舞いについては、あまりにも突然で身勝手なので、匂宮役の小生としても、「匂宮、ガンバレ」とは言い難く、「浮舟、危うし。神よ、彼女を救いたまえ」と祈っています。
ありがとうございます。お孫さんとの暮し、いいですねぇ。相手にしてもらえる内が花ですよ。十分エンジョイしてください。
1.さすが鋭い考察ですね。子どもって皆純真純粋で自分の欲望に正直ですよね。匂宮はそのまま大人になった、、、そういうことだと思います。まあ皇子だから許されることですね。薫のようにアレコレ考えるばかりで優柔不断な大人になってもらっても困りますが、匂宮みたいに思いついたら即行動にではすぐさま犯罪者ですからねぇ。バランスのとれた大人に成長するようおじい様もご留意なさいませ。
2.おっしゃる通り匂宮・薫、対照的な二人と浮舟。続きが楽しみです。それにしても前夜中の君と仲睦まじい夜を過ごした翌日というのに目新しい女性となるとすぐ目をつけ押さえつける、、、、。匂宮の精力絶倫さには感心します(いくら若いと言ってもねぇ)。次帖を予習していたら「匂宮は目をつけた女房なら実家まで押しかけてものにする」なんてくだりがありびっくりしました。実家まで行きますかねぇ、、、。
匂宮の行動力の程は分かりましたが後は心がどうついて行くかですね。何れにせよ浮舟は匂宮のターゲットになったということです。引き続き匂宮と浮舟の心の動きを中心にウオッチお願いします。
「御泔」のこと、少し調べたので記します。
強飯を蒸した後の湯は粘り気がある。これを泔汁(ゆするじる)という。これを泔坏(ゆするつき)に貯えておき、髪を洗い、また、梳る時に櫛をこの泔汁にひたして用いる。それらのことが「御泔」である。
九月は正月、五月とともに仏事の月故洗髪を忌むと言われていました。
仏の行事などで、神と髪の字訓から遠慮したようです。十月も神無月で同様。
二か月以上洗髪しないなんて、現代では耐えられないですね。
この場面ではその大変さを上手く物語の進行に採りいれていると思います。
ありがとうございます。
「御泔」のことよく分かりました。単純に米のとぎ汁というんじゃないんですね。ちょっと考えるに匂いがあったりべとついたりしそうですが、逆に整髪剤あるいは艶出し効果みたいなものがあったのでしょうか。
物語中もう一か所洗髪のことが語られているのは紫の上が重病からやっと小康状態になり髪を洗ってさっぱりしたという場面、
女君は、暑くむつかしとて、御髪すまして、すこしさはやかにもてなしたまへり。臥しながらうちやりたまへりしかば、とみにも乾かねど、、、、(若菜下 p152)
重病になったのが一月下旬、六月の猛暑になってやっと髪を洗えた、さぞさっぱりしたことでしょう。
中の君の洗髪場面、浮舟危うしを引き出す絶好の筋立てだと思います。