橋姫(13・14) 薫、大君と歌を贈答

p210-216
13.薫、弁の昔語りに不審をいだき再会を約す
 〈p116 薫の君は、何とも不思議で、〉

 ①巫女(かんなぎ)神に仕え、神楽を奏して神慮をなだめ、また、神意を伺い、神おろしを行いなどする人。男を「おかんなぎ」、女を「めかんなぎ」という。
  →薫には弁は神のお告げをする人と思われたことだろう。

 ②かのおはします寺の鐘の声かすかに聞こえて、霧いと深くたちわたれり。
  →弁の昔語りを聞きさして暇を告げようとするに川霧が立ち込め、八の宮が勤行に行っている寺から鐘が聞こえてくる。

14.薫と大君、心ごころをこめて歌を贈答する
 〈p116 八の宮のお籠りの山の峰々は、〉

 ①帰りたくない薫、大君に歌を詠みかける。
  薫 あさぼらけ家路も見えずたづねこし槙の尾山は霧こめてけり
  大君 雲のゐる峰のかけ路を秋霧のいとど隔つるころにもあるかな
  →脚注3&7 訴える薫、はぐらかす大君 でもチャンと返事をしている。

 ②あやしき舟どもに柴刈り積み、おのおの何となき世の営みどもに行きかふさまどもの、はかなき水の上に浮かびたる、誰も思へば同じごとなる世の常なさなり。我は浮かばず、玉の台に静けき身と思ふべき世かはと思ひつづけらる。
  →宇治の庶民の貧しい生活ぶり、都にいては分からない。無常観にとらわれる薫。
  →源氏が五条の夕顔邸(下町の風情)で感じた「玉の台も同じことなり」に通じる。

 ③さらに薫と大君の唱和
  薫 橋姫の心を汲みて高瀬さす棹のしづくに袖ぞ濡れぬる 代表歌
  大君 さしかへる宇治の川長朝夕のしづくや袖をくたしはつらん

  橋姫 橋を守る女神、特に宇治橋にいう。
  宇治の橋姫 ①嵯峨天皇の代、嫉妬のために宇治川に身を沈めて鬼になり、京中の男女を食い殺したという女②橋を守るという女神。宇治橋の橋姫神社の女神、男神との恋愛説話がある。
  →この場合は②であろう。でも①のような怖い話も当時は有名だったのだろうか。

  橋姫の歌
   さ筵に衣片敷きこよひもや我を待つらむ宇治の橋姫(古今・読人不詳)
  →この有名な歌がベースにあったのだろう。大君を橋姫として慕情を訴えた。

 ④京から取り寄せた牛車が来て薫は帰京する。
  田舎者・素朴な宿直人の描写が面白い。
  宿直人に持たせたまへり。いと寒げに、いらぎたる顔して持てまゐる。
  濡れたる御衣どもは、みなこの人に脱ぎかけたまひて、取りに遣わしつる御直衣に奉りかへつ。
  →こういう滑稽味のあるくだりを読むとほっとする。
 

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4 Responses to 橋姫(13・14) 薫、大君と歌を贈答

  1. 青玉 のコメント:

    薫の複雑な胸中、弁の漏らした言葉が気がかり、知りたい、聞きたいけれども怖い・・・
    取りあえず帰京し続きは次の訪問で。

    姫君のこと(特に大君)も気がかりで帰り難い。
    心を残しつつ大君への贈歌に対し慎み深い返歌。
    峰の八重雲、霧立ち込める山里の風情と共に去りがたき薫と大君の憂愁、孤独感がひしひしと伝わります。

    一転して宿直人と網代の様子で現実に引き戻されます。
    都と隔てられた宇治の川霧を背景に始まる二人の恋物語。

    薫と大君の歌の贈答、
    さしかへる宇治の川長朝夕のしづくや袖をくたしはつらん
    大君の深い悲哀と孤独を感じます。

    そこはかとない哀愁を感じる今日の二場面でした。
    そんな中での宿直人の姿は確かに一息つけますね。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.橋姫伝説は当時も有名だったのでしょうね。宇治と言えば橋姫、宇治十帖冒頭の巻名を「橋姫」とし、古歌をベースに薫に歌を詠ませる。読者はググッと来たと思います。

      2.薫の二つの贈歌。弁の話を聞いたことが大きいと思います。長い間心にかかっていた霧は宇治に来てどうやら晴れそう(心の闇は益々深くなるが)。その霧深い宇治に儚げに住んでいる薄幸の姫たち。薫は宇治とのつながりに宿命を感じたのではないでしょうか。弁の話で出生のことを確信し今後とも表と裏を演じて行かねばならない自分を知ったとき薫は大君との恋に落ちたのだと思います。

       大君の返歌もニュアンスはさておき男からの贈歌に対する返歌として作法に則ったものだと思います。これまで男から歌いかけられたことなどなかった姫からすれば上出来でしょう。「恋された」自分に戸惑いながらも「これからどうしようかしら。父君はどうおっしゃるかしら」とある面、胸をときめかせたのではないでしょうか。
       →昨日の式部さんのコメントをお借りすると「昔物語や和歌などで憧れていたまだ見ぬ恋が現実になってきた」ということかと思います。

  2. 式部 のコメント:

    紫式部は上流貴族のもとで働く人たち(女房も含めて)、特に下々の者たちに本音を語らせていますね。その部分が現代に生きる我々にわかり易いと思います。
    作者は自分のいろいろな思いを適切な登場人物に託して語らせるので、読者としても紫式部の人間性を垣間見できますね。
    世間体や人にどう思われるかばかりで生きている上流貴族の本音などうかがい知ることはできなくて少しイライラする読者にとって、はっきりものを言える下々の言葉はほっとします。

    • 清々爺 のコメント:

      誠に適切な解説ありがとうございます。

      女房・隋身・下臣・庶民に本音を語らせ物語を進行させる。素晴らしいですよね。まあTVドラマのナレーションみたいなものでしょうか。

      薫の供人「網代は人騒がしげなり。されど氷魚も寄らぬにやあらん、すさまじげなるけしきなり」
       →供人たちの心の中には「酔狂にも何でこんな貧しい田舎に来なきゃいけないのか」との不満めいたものもあるかもしれませんね。

      宇治の宿直人 いと寒げに、いらぎたる顔して持てまゐる
       →こちらは薫と姫との恋の仲立ちに勇み立ってルンルン気分だったでしょう。 

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