p192-200
9.晩秋、薫、八の宮不在の山荘を訪れる
〈p103 秋も終わりの頃になりました。〉
①K22年9月下旬
八の宮は阿闍梨の寺へ7日間の勤行念仏に出かけて宇治には不在
そうと知らず薫が久しぶりに宇治に八の宮に逢いに来る。
②川のこなたなれば、舟などもわづらはで、御馬にてなりけり。
京都から宇治までざっと約15KM
ルートは京都市中-東福寺・伏見稲荷・深草に沿って南下―木幡山を越えて六地蔵-宇治
木幡山のところが大変。馬なら半日だろうが牛車では一日かかったのではなかろうか。
何れにせよ貴族が京都から通うのは大変(小野の山荘に通うのとは格段に違う)。
③薫の道中
隠れなき御匂ひぞ、風に従ひて、主知らぬ香とおどろく寝覚めの家々ありける。
→匂兵部卿にも出てきたがチト大袈裟
④薫が近づくと弦楽の音が聞こえてくる。
琵琶と筝の琴
⑤脇役として宿直人が登場、これが面白い。
八の宮不在と知って薫は宿直人に姫たちの演奏を隠れて聞ける所に案内せよと言いつける。
「年ごろ、人づてにのみ聞きて、ゆかしく思ふ御琴の音どもを、うれしきをりかな、しばし、すこしたち隠れて聞くべき物の隈ありや」
⑥躊躇する宿直人に薫は熱心にピシャリと命令する。
宿直人「あなかしこ。心なくやうに後の聞こえやはべらむ」とて、あなたの御前は竹の透垣しこめて、みな隔てことなるを、教へ寄せたてまつれり。
→宿直人の覗き見立ち聞きの場所への案内を不忠とみるか。もののあはれとみるか。
→そりゃあ、宣長先生のおっしゃる通りでしょう。宿直人は愛敬あって微笑ましい。
10.薫、月下に姫君たちの姿をかいま見る
〈p107 姫君のお部屋に通じているらしい透垣の戸を、〉
①あなたに通ふべかめる透垣の戸を、すこし押し開けて見たまへば、月をかしきほどに霧りわたれるをながめて、簾を短く捲き上げて人々ゐたり。
国宝源氏物語絵巻(橋姫)(徳川美術館) 名場面
琵琶、中の君 撥で月を招いている。
(さしのぞきたる顔、いみじくらうたげににほひやかなるべし)
筝の琴、大君 琴に添い臥して微笑んでいる。
(うち笑ひたるけはひ、いますこし重りかによしづきたり)
→どちらの姫君がどちらの楽器か、論争があるらしい。
脚注にある通り容貌・性格の叙述から上記でいいと思う。
②中の君「扇ならで、これしても月はまねきつべかりけり」
大君「入る日をかへす撥こそありけれ、さま異にも思ひおよびたまふ御心かな」
中の君「およばずとも、これも月に離るるものかは」
→引用されている故事のことはよく分からないが、風流で教養に富んだ仲のいい姉妹の様子が窺われる。
③やをら立ち出でて、京に、御車率て参るべく、人走らせつ。
→往きは馬で来た。帰りは牛車で。これから取りに行かせて牛車が到着するまで何時間かかるのだろう?
→薫はじっくり姫たちと対面しようと腹を決めたということか。
今と違って都から宇治へはかなりの距離で難所だった様子がうかがえます。
荒れ果て侘しげな 邸からもれ出る楽の音は山里に沁み入るようでさぞや風情があり心奪われたことでしょう。
その様子が目に見えるようです。
実直そうな宿直人との会話、面白いですね。
そして姫君達を垣間見る薫
霧と月がいかにも風流な雰囲気を醸し出し姉妹の様子、その場の空気が事細かく描かれていて薫の驚きが手に取るようにわかります。
こんな山里に美しい姫二人驚愕だったでしょう。
この場面も絵になりますね。
そして帰路の車を持って来させるべく京に使者を発たせ中将、行動に出ましたね。珍しく積極的な展開になりました。そうです、せっかくのチャンスを逃がす手はないです。
薫よ、頑張れ!!
ありがとうございます。
宇治十帖もこれまでは序幕、3年経過の本段橋姫9.から実質ストーリーが始まるということだと思います。
1.薫が月下に姫たちを垣間見る場面は宇治十帖最初の重要場面だと思います。国宝源氏物語絵巻の場面であり宇治市源氏物語ミュージアムにこの垣間見のシーンが再現されています。正に宇治の物語はここから始まるということでしょう。
薫の気持ちを忖度してみました。
出生に疑惑を感じ普通人のように青春を謳歌できない薫。世の中に不安を感じひたすら仏道修行を心の拠り所としてきた。八の宮という同好の士を得て今や宇治に通うことが生きがいとなっている。そんな薫が宇治を訪れてみると残念にも宮は不在。折しも季節は9月下旬秋深く物悲しい。聞こえてくるのは琵琶と琴、そして月明かりに照らし出された二人の姫たち。
→薫は今まで姫たちのことを考えるのは固く自分に禁じてきたのでしょう。でも宮は不在だし、二人が奏でる琵琶と琴の音。一瞬薫の中で何かが弾けたのではないでしょうか。もう我慢できない、行動をおこしてみよう!そう思い立ったのだと思います。
2.宿直人が出て来て薫とやりとりする所がすごくよくできていると思います。薫は三年も通ってきているのだからこの男も都の貴人薫のことは知っていたのでしょう。薫に促されて垣間見の案内をする男の気持ちには「このような都の尊いお方がお姫さまのところに来てくれればいいのになあ」という願望があったのだと思います。こういう身分の低い人の言動を通して八の宮に仕える人たち全体の雰囲気と気持ちを伝える。それに読者も共感していく、うまい進め方だと思います。この男、大好きです。