鈴虫 すずむしは釈迦牟尼仏のおん弟子の君のためにと秋を浄むる(与謝野晶子)
横笛に続く鈴虫、夕霧物語が本格化する前の短い巻で後から挿し込まれたとの説もあるようです。アーサーウェイリー訳にはこの巻が飛ばされており理由は不明とのことです。
p54 – 60
1.夏、女三の宮の持仏開眼供養を盛大に催す
〈寂聴訳 巻七 p108 夏の頃、蓮の花の盛りに、〉
六条院内の御念誦堂の場面=国宝源氏物語絵巻 鈴虫(一)
①横笛の巻から1年後G50年の夏 蓮の花盛りの頃
(源氏五十の賀の年だが賀宴のことは一切触れられていない)
②女三の宮出家後2年 六条院で持仏開眼供養を行う
控えめにと思うもののいつもながら盛大になってしまう。
③準備に紫の上が色々と力を尽くす。
名香 百歩の衣香・荷葉の方
経・願文・諸道具などなど
→きらびやかな舞台の説明はいつもながら詳細
④みづからの御持経は、院ぞ御手づから書かせたまひける。これをだにこの世の結縁にて、かたみに導きかはしたまふべき心を願文に作らせたまへり
→源氏は出家した女三の宮に憐みを感じ、朱雀院への手前もありけっこう細かく気を使っている。
2.源氏、女三の宮方で歌を詠み交す
〈p110 お堂の飾りつけがすっかり終り、〉
①空に焚くは、いづくの煙ぞと思ひわかれぬこそよけれ。富士の嶺よりもけにくゆり満ち出でたるは、本意なきわざなり
→源氏のユーモアあふれる言い草。張りつめた中ホッとする感じ。
②御座を譲りたまへる仏の御しつらひ見やりたまふも、さまざまに、、、
→自分との愛の巣であり柏木との密通があった寝所、源氏の複雑な思い(脚注10)
③源氏 はちす葉をおなじ台と契りおきて露のわかるる今日ぞ悲しき
女三の宮 へだてなくはちすの宿を契りても君が心やすまじとすらむ 代表歌
→この返歌も強烈。女三の宮にはもはや源氏への愛はなさそうである。
アーサー・ウエィリーの訳にこの巻が飛ばされているのは何を意味するのでしょうね。
外国人にとってこの巻はさほど魅力的でなかったのかそれとも原本にこの巻がなかったのか?
ドナルド・キーンさんはどのように思われたのでしょうね。
女三宮の出家後の開眼供養、かくも盛大に行われたのはやはり皇女ゆえんでしょうか。
紫の上もこまごまと心を尽くされているのが健気ですね。
源氏と女三宮の贈歌、最早心のすれ違いがありありです。
執着、未練の源氏に対して女三宮はきっぱりと拒否の態度ですね。
今日の「鈴虫」冒頭の開眼供養を読みながら浅からぬ因縁を感じました
今朝5時ごろ「日蓮大聖人御書全集」という二千ページ近くある本をやっと読み終えました。
内容の理解はともかく字を追っていくだけの毎日で何と四年もかかってしまいました。
2010年元旦、一念発起して読み始めたのですが毎朝数分、時に数行の連続。
あまりにも時間がかかりすぎた感ありですが何とか目標が達成できたかな?
ありがとうございます。
1.アーサーウェイリーが何故鈴虫を飛ばしたのか分かりません。そのことについて触れた本は(キーンさんのも含め)見かけなかったです。アーサーウェイリー訳、色々に言われていますが源氏の原文を全巻英訳するなんて奇跡だと思うし、これによって源氏物語が世界に広まった訳で誠にありがたいと思います。いつか気に入っている一部の巻だけでも”The Tale of Genji”を読んでみたいなと思っています。「夕顔」「花宴」「玉鬘」くらいでしょうか。
2.女三の宮の源氏への返歌はすごいと思います。これとともに思い出すのが若菜下35.で出家した朧月夜に訴えかけるのにつれなく拒否された場面。
朧月夜 あま舟にいかがは思ひおくれけむ明石の浦にいさりせし君
回向には、あまねきかどにても、いかがは
出家した両人に来世での契りを訴えても袖にされる。源氏の栄光も地に落ちた感じがします。
3.日蓮の法話集、4年かけてですか。完読おめでとうございます。すごいですね。機会ありましたら中味も聞かせてください。