宗教と言えばやはり神と仏であろう。
先ず神教。天皇の役目は祭祀を行うことだったので源氏物語には新嘗祭での五節の舞姫など年中行事がいっぱい出てきます。それと重要なのが伊勢神宮に斎宮、賀茂神社に斎院として奉仕する未婚の皇女、、これが物語の展開に大きな役割を果たすのです。一旦斎宮・斎院に召し出されると天皇の代替わりまで帰れない、神に女の青春を差し出すといった感じ。6~8年も帰れないと世の中は変わってしまう。これを紫式部はうまく物語に使っています。伊勢神宮に6年間仕えた秋好中宮、賀茂神社に8年も仕えて結局源氏と結ばれなかった朝顔の君、、、なかなか面白いです。
次に仏教。この時代中心は浄土思想で阿弥陀仏に極楽浄土への成仏を願うということだったのだと思います。物語には僧侶がいっぱい出てきます、僧都だの阿闍梨だの。でも総じて俗っぽい感じで余り尊い気がしない。作者の考え方がそうだったのでしょうか。
宿世・前世、この言葉がよく出てきます。♪生まれる前から~~結ばれていた~~てなことでしょうか。源氏は女性を口説くのにこれをよく使います。実に調子のいい都合のいい論理です。
それと出家。「源氏物語は出家の物語である」とどこかに書かれていたかいなかったか。でも男も女もすぐ出家出家と口にだす。出家は仏に仕えることだから男女のことはなくなってしまう、、、勿体ないなあと思うんですが、、、この辺も人の心の物語として読み解いていきたいと思っています。
ついさっきまで斎宮歴史博物館のことを調べていました。10月28日に津へ行くついでに足を延ばそうかと考えてです。そのころの特別展示は「暦と怪異~不安な日々の平安貴族~」なので面白そうと感じたからです。ところが10月29日は休館日でした。どうしようかと考えています。
僧に関して以前調べたことを以下に。
僧都・・・正五位。大僧都、権大僧都、山僧都、権小僧都の四階級があり、初めは各一人、のち数十人。
律師=僧正・・僧都の下に位置し、従五位の殿上人に相当する。
法師・・・(身分が低いといわれている)僧の通称。
僧の世界も身分制度がはっきりしていて、高貴なかたの子弟は最初からあまり修行もせずに高い位の僧になれたようです。もちろんその中でもしっかり修行して高僧になった人もいます。
斎宮歴史博物館、立派なのがあるのですね。行けるといいですね。
「暦と怪異 ~不安な日々の平安貴族」、正にそう思います。
イミとケガレ、、怖かったのでしょうね。
→実はこのあたり次回で披露することになっています。。
僧侶に関する説明、ありがとうございます。和泉式部の息子じゃないですが故あってすぐ仏門に入れられた男も沢山いたでしょうし、謂わば裏の社会を成していた側面もあるんでしょうか。
百人一首の僧侶は12人。蝉丸を入れると13人。坊主めくりでこの蝉丸を入れるか入れないか揉めたこともあったような。。
「~~入れるも入れぬも逢坂の関」
難しいテーマですね。
苦しい時の神頼み、神様、仏様 神も仏もあるものか と言ってしまえばそれまでですが・・・
源氏物語にも神事の場面、結構ありますね。
おおむね歌舞音曲を伴い華やかな行事に感じられました。
一方、仏教は源氏を読む限り、世を儚む厭世思想が色濃いように感じられます。
この時代の仏教は出家して隠遁生活に入る消極的姿勢なのでしょうか。
自らが救われたく仏の道を教え導く高邁な姿勢が見えない気がしました。
神事→歌舞音曲、その通りだと思います。新嘗祭の時の五節の舞も出てきますね。これは先日の「平清盛」にも登場しましたね。相当源氏物語を意識してのドラマ作りですね。
勉強不足で平安時代での仏教の位置づけ(国家にとって、上流階級にとって、一般大衆にとって)が今一つよく分かりません。南都北嶺なんて訳の分からない一大勢力もありますしね。清盛も信長も苦労しましたもんね。
僧侶、「源氏」にもたくさん出てきますねぇ、いいのも悪いのも。中で一番の憎まれ役は冷泉帝に「実は貴方の本当の父上は……」という僧都でしょうか。まったく、ホントのことを言えばいいってもんじゃないよねぇ(と自戒をこめて)。ま、宗教を職にするヤツに碌なのはいないということかな(お読みの方周辺に宗教関係者がいませんように)。
宿世・前世という言葉も宗教の世界には便利な言葉だろうなぁというがします。で、仏教だけじゃなくていろんな宗教で使われているみたい。「神(or仏orアラー)を信じないと生まれ変わった次の世界では大変なことになるよ」って布教には大いに力を発揮しそうだもん。
でも輪廻転生に関して僕が一番に思い浮かべるのは儒教。前世、現世、来世。親子は一世(この世限り)、夫婦は二世(この世とあの世)、主従は三世というヤツ。これを上手く取り入れたのが武士道の教えか。実に巧妙な騙しだなぁと思います。でも僕はコレ、まったく嫌いというわけじゃない。歌舞伎なんてほとんどがこの世界だし、僕が大好きな落語もそう(結構デフォルメされてる?)。第一、「二世を契る」「この世で添えぬなら来世で……」なんて言葉、いいでしょ。
でも、三世の次の世はどうなる? その前世は? 考えると寝られなくなりそう。
♪お久しぶりね~~、コメントありがとうございます。
「薄雲」の夜居の僧都、全くなんて奴だと思いますよね。私のテキストには「けしからん。秘密は墓へ持って行け。職業倫理を知らんのか。」ってボロクソに書き込んであります。一方、それを聞いた若き帝の冷静さはすごい。そして一番すごいのはこのような場面を作りだした紫式部であります。
輪廻転生と儒教、、なるほど「主従は三世」ですか。でもそれじゃいつまでたっても断ち切れない、、、それで下剋上が流行り出したんでしょうか。実は私もこんな考え方好きな方です。でもそれには従が主を思う程に主も従を思わないとね→歌舞伎・落語はその理想世界が描かれてるから受けるんでしょうね。