国際性に富んだ源氏物語

源氏物語の冒頭桐壷の巻を読んだ時びっくりしました。いきなり白居易の長恨歌が引用されているし、高麗の人相見が登場する。「えっ、源氏物語って平安時代の純国風文化の結晶じゃないの!」って思ったものです。

平安時代はざっと紀元800~1200年の400年間。最初の100年は遣唐使の往来があり世界最先端を行く唐の文明を全ゆる分野で積極的に取り入れた。政治制度も律令制も平安京の造りも文学弦楽も仏教も。ところが900年ころ遣唐使が廃止されて後平清盛により日宋交流が盛んになるまでの300年間はほぼ鎖国状態であり、この間に優雅な国風文化が醸成されその最高峰が仮名で書かれた女流文学である源氏物語だ、、、、とばかり思っていました。

ところが一旦取り入れた文化は消失しない、一条帝の治世は帝も中宮定子も後宮も皆漢籍に通じた教養高き時代であったようです。源氏物語には中国の文芸・故事も広く引用されているのです。

気がついたところでは、
1.桐壷の巻の長恨歌(しつこく引用されている→テキストには全文付録で載せている)
2.源氏が須磨に流れる時持参するのが仏書と「白氏文集」と琴の3つ
3.薄雲の巻、秘密を知った冷泉帝が宮廷での密通について中国の例を調べている
などなど、、。

紫式部の和漢文籍への博学ぶりには驚くばかり、中宮彰子に請われてこっそりと白氏文集の講義もしています。それでいて普段は漢字も読めないふりをする、、この辺が女房稼業の難しさなんでしょうが。

何れにせよ源氏物語を読めば読むほど中国・朝鮮半島との結びつきに驚き、国風文化と言えど国際性に富んだものだったのだと思うに至りました。

カテゴリー: ウオームアップ パーマリンク

2 Responses to 国際性に富んだ源氏物語

  1. 青玉 のコメント:

    私も桐壺を少し読み進めてsassa さん同様、驚きましたね。
    いくら帝と言うお立場にあってもこの時代に?という思いでした。
    付録の長恨歌読んでみて気がついたところにチエックを入れました。
             山在虚無縹渺間
    (その山は何もないかに見えるはるかのかなたにある)
    この縹渺間は日本を指すらしいです。
    遣唐使が平安期に及ぼした影響大ですね。

    嵐の海を乗り越えて勇敢に唐の文化を学び求めた古代人は素晴らしいです。
    その意味で清盛は悪行三昧ですが海を通じて文化の交流を図った点、評価できると思います。
    海に沈んだ平家、哀惜の情を感じずにはいられません。

    世界に通じる「海」を通して昔の人間は何を求め何を感じたのでしょう。
    文化の偉大さにひれ伏す思いです。

    • 清々爺 のコメント:

      特に桐壷の巻は相当に漢籍(白氏文集特に長恨歌)を下敷きにしていると思います。当時の教養人にはピンときたんでしょうね。

      遣唐使により漢籍が多くもたらされたとは言え、それをどう読み解いていたのかちょっと不思議です。今のように日本語に翻訳されることはなかっただろうし、中国語に通じてたわけでもなかったろうに。要は高校でやった漢文の「訓み下し文」で全てを理解してたのでしょうか。あの「訓み下し」すごい技術だと思います。日本人の知恵ですね。

      源氏物語と同じ時期に例の藤原公任が和漢朗詠集というのを編纂しています。これにも白居易は断トツに多く採られています。流行だったのでしょうか。

      平清盛、その通りですね。悪行三昧といったって権力者は誰しもそうだったわけで、いい所を見てあげないといけませんね。清盛・尊氏・家康、、、戦後復権したとはいえどうしても朝敵のイメージがぬぐえない。これも平家物語・太平記のせいですね。歴史を描く難しさだと思います。。。「平清盛」、オリンピックのせいで2回ほど溜まってしまいました。早く見なくっちゃ。

コメントを残す