p164 – 177
内大臣への怒りは怒りとして近江の君の人間性を楽しみましょう。
7.内大臣、近江の君を訪れる 滑稽な問答
〈p67 内大臣はお里帰りの弘徽殿の女御をお訪ねになったついでに、〉
①近江の君と五節(侍女)が双六を打ってるところに内大臣が現れる。
→近江の君「少賽、少賽」 五節「御返しや、御返しや」 これは傑作。
②近江の君の外見・容貌
とりたててよしとはなけれど、他人とあらがふべくもあらず、鏡に思ひあはせられたまふに、いと宿世心づきなし
→内大臣にそっくりである。DNAは嘘をつかない。
→外見はそんなに悪くない。問題は中味。
③近江の君「何か、そは。ことごとしく思ひたまひてまじらひはべらばこそ、ところせからめ。大御大壺とりにも仕うまつりぬ」
内大臣「似つかわしからぬ役ななり。かくたまさかに逢へる親の孝せむの心あらば、このもののたまふ声を、すこしのどめて聞かせたまへ。さらば命も延びなむかし」
→ボケと突っ込み、最高に面白い。近江の君の場合その滑稽さは意図的なものではなく育ちからくる普通のもので謂わば「天然ボケ」ではあるまいか。それだけに何とも可笑しみがある。
④近江の君の早口の由来。これもうまく作ってある。
→延暦寺別院の別当大徳が産屋で祈りをあげていたのだから、近江の君の母も然るべき身分の人であったとのこと。
⑤冗談半分でいい加減な内大臣の問いかけに近江の君は素直に精一杯答える。
→この辺から読者は近江の君も悪くないなと思うのではなかろうか。
⑥近江の君と五節との会話も傑作。
五節「もうちょっと身分は下でも面倒見のいい親の方がよかったのに、、、」
近江「何よあなた、気安く口きいて欲しくないわ」
→どこまで冗談でどこまで正気なんだろう。
⑦ここでも教育論しつけ論が述べられる。
外見の大事さ(言葉使い・立居振舞)そして中味。
8.近江の君と弘徽殿女御、珍妙な歌を贈答
〈p74 この近江の君は、〉
①早速弘徽殿女御に文を届ける。これが傑作。
「葦垣のま近きほどにはさぶらひながら、今まで影ふむばかりのしるしもはべらぬは、、、、(中略)、、、いでや、いでや、あやしきはみなせ川にを」
→何でもかんでもぶち込んで、柳亭痴楽の綴方狂室を思い出しました。
②近江の君 草わかみひたちの浦のいかが崎いかであひ見んたごの浦波 代表歌
③この歌を先日のキーンさんの歌の要素に照らしてみると、
紙:青き色紙一重ね 墨:叙述なし 筆跡:いと草がちに、怒れる手
折り方:叙述なし 結び付け:撫子の花 届ける使い:樋洗童
→なかなかのものです。
④女御からの返し(中納言宣旨書き)
ひたちなるするがの海のすまの浦に波立ち出でよ箱崎の松
→してやったりと喜ぶ無邪気な近江の君
かくて爆笑と一抹のうら悲しさのうちに本帖は終わりとなります。
現代の我々が読んでも、近江の君の場面は面白いのですから、平安貴族たちはここで笑いころげたでしょうね。(上品な方々はそうはできないから、かみころした笑いでしょうか?)
内大臣の娘で、母親もほどほどの身分でしょうから、普通に考えればごくあたりまえの姫になれるはずですが、本人の持って生まれた強烈な個性か、あるいは育ち方でしょうか。姫君の一般的イメージとはかけ離れた人間像に描かれていて面白いですね。
言葉、行動が生き生きしていて、生命力に溢れています。 まわりの思惑など意に介さない、思った通りに言い動く、ここまでくると近江の君、よくやるー、頑張れと応援したくなりますね。 自然児なんでしょうか。
捨てた父親のご都合主義を恨んだり、ひねくれたりしていないのも良いです。
同じような境遇だった玉鬘と比べたりしないで、ありのままの近江の君を楽しみましょう。
ありがとうございます。
よくぞ言っていただきました。近江の君は本当に面白い。末摘花も面白いけどセリフが殆どないので物足りない。近江の君は言いたい放題。おっしゃる通り生命力に溢れています。紫式部もずーっとおしとやかで誇り高い姫君ばかりを書いて来たのでここで一気に爆発した感じがします。書き始めたらブレーキが止まらなくなったのでしょうか。
改めてこの段朗読聞かせてもらいました。凄い!傑作!さすがです。「少賽!少賽!」には何度聞いても笑いが止まりません。