「初音」のまとめです。
和歌
45.うす氷とけぬる池の鏡には世にたぐいなきかげぞならべる
(源氏) 六条院の新春、源氏最盛期
46.年月をまつにひかれて経る人にけふ鶯の初音きかせよ
(明石の君) 4年も逢ってない隣屋敷の姫君に
名場面
45.年たちかへる朝の空のけしき、なごりなく曇らぬうららけさには、
(p12 新春の六条院のめでたき様子
[「初音」を終えてのブログ作成者の感想]
第23帖初音を終えました。G36年正月六条院の新春の目出度い様子が描かれている短い帖です。ストーリーとしてはほとんどなく源氏の女君への巡回が語られているのみです。
ポイントとしては先ず正月行事の列挙でしょうか。舞台が六条院(プラス二条東院)なので宮中での儀式は描かれていませんが初音に登場するものとしては、
①歯固め(元日-3日) 長寿を祝って食事をすること(屠蘇とともに)
②餅鏡(元日-3日) 長寿を願って鏡餅(丸い餅)を飾ること
③参座(元日-3日) 内裏や摂関家などに臣下が参上して年始の挨拶をすること
④臨時客(2日-4日) 摂関大臣家で親王公家を饗応する儀 引出物・禄・物のしらべ
⑤男踏歌(14日) 地を踏んで舞を舞って豊年・繁栄を祈願する儀
女君への巡回では元日ついに明石の君のところで夜を過ごしてしまい朝帰りして新年早々から紫の上が不機嫌になるところでしょうか。折角元日の朝は上機嫌でラブコールの歌を交したのに第一日目から帰って来ないとは、、、紫の上には辛かったことでしょう(紫の上も相手が明石の君であることは当然分かっていたでしょう。自分が養女として慈しみ育てている姫君の産みの親のところ、、、何とも複雑な心境だったことでしょう)。
(紫の上のことはさて措いて)明石の君と姫君の歌の贈答には泣かされます。母も姫君も普段はあきらめているものの年改まった目出度い元日にこそ逢いたいなあと思ったことでしょう。青玉さんには母娘の情を見事に詠んでいただきました。再録して敬意を表したいと思います。
鶯の初音聞かまし母子草
生み賜ひしを忘れやはする
では春2月を描く胡蝶に移ります。
お正月の行事はじめ華やかな描写が様々にありましたがこの巻、何と言っても感動的だったのは明石の君と姫君の和歌の贈答でした。
明石 年月をまつにひかれて経る人にけふ鶯の初音きかせよ
姫君 ひきわかれ年は経れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや
明石 めづらしや花のねぐらに木づたひて谷のふる巣をとへる鶯
この三首の歌はせつなくて胸が締め付けられる思いでした。
思えば幼き頃に見た三益愛子と松島トモ子の母物映画、生みの親と育ての親のお話に涙した日々・・・
娘を想う母の心、母を慕う娘、まさに私にとってこれはもう「母子草」以外、何物でもありません。
ありがとうございます。
1.8才の姫君の歌、すごく素直でよくできていると思います。昔は高貴な姫君は幼くして実母と離れることが当たり前。この生き別れは切ないですね。
[ウィキペディア「初音」]
江戸時代の教養人の子女は『源氏物語』を「初音」から学んでいった。3代将軍徳川家光の長女千代姫(当時数え3歳)の婚礼調度の一つ、国宝「初音蒔絵調度」は、初音の巻に取材したものである
→千代姫が尾張徳川家に嫁いだのが3才。「けふ鶯の初音きかせよ」の婚礼調度を持たせたのも納得です。歌の文字が絵に隠されているという趣向も凄いです。
2.三益愛子の母物映画、私も見たことあります。産みの親と育ての親、、、永遠のテーマだと思います。
地位・財力・女性関係・年齢的にも源氏絶頂期、新築した六条院、贈った豪華な衣裳、誠にお目出度い新春ですが、女性たちには、優雅な生活とは言え、悲喜こもごものお正月。これまで付き合ってきた女性の中間総集編、品比べみたいに読めました。
歌では、皆さん挙げておられる
うす氷とけぬる池の鏡には世にたぐいなきかげぞならべる
と
くもりなき池の鏡によろづ世をすむべきかげぞしるくみえける
が目をひきましたが、ここまで歌った紫の上が、少し気の毒です。
後は、青玉さんが挙げている娘親子の3首が、良かったです。
明石の姫君は、紫の上の養女となったので、実の親とはもはやお正月でも会えないと言うのが、当時の慣習(許されないこと)だったのですか。
同じかもしれませんが、明石の君が遠慮していたと言うことですか。
最後に、青玉さんの歌
鶯の初音聞かまし母子草
生み賜ひしを忘れやはする
前回に続き、またまた秀作だと、小生も、感心しました。
ありがとうございます。
1.成程、前帖の衣配りから初音の巡回。源氏を取り巻く女君の中間総集編かもしれません。紫式部はこういう風に常に復習を繰り返し新しいストーリーへの展開に備えるのが上手だと思います。サッカーで言えば一旦ボールを下げて攻撃体制を整えていざ出撃ってとこでしょうか。
2.明石の君は冬の町(西北)、姫君は春の町(東南)。対角線にありいくら大声で呼んでも声は届かないのかも知れません(そんなはしたないことする筈ありませんが)。でも所詮は同じ六条院の中、渡り廊下で繋がっており現に源氏はスイスイ巡回してるんですからねぇ。
何故逢えないのか。やはりけじめということじゃないでしょうか。姫君はもはや公私とも紫の上の子どもであり明石の君が実母であることは触れてはならないことであった。。。そのように思います。そんな中明石の君も歌で思いを訴えるのが精一杯だったのでしょう。
紫の上・明石の姫君・明石の君、三者がどうなっていくのかは後のお楽しみです。
「初音」源氏の最盛期、わが世の春の謳歌を語る帖ですね。
でも、清々爺が「源氏の女君への巡回が語られているのみ」
と切り捨てているのには笑ってしまいました。
“影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降り積む。”
この式部の色彩感覚には降参です。
この初音から胡蝶、蛍、常夏、篝火、野分、行幸は歳時記風に
語られる、と。楽しみです。
PS コメントで三益愛子が登場しましたが、
初音と言えば、関西人は 初音礼子を
思い出します。元宝塚のスターでしたが
晩年は庶民的なオバサン役で活躍した女優さんです。
源氏名。この帖から名を取ったのですね。
ありがとうございます。六条院の正月の寒さを読んで暑さも少しは吹っ飛んだことでしょう。
1.笑ってしまいましたか。「女君への巡回が語られているのみ」は言い過ぎでしたね。せっかちでストーリーに進展がないと物足りない性分なので、、、。でも歳時記として素晴らしい帖であることは間違いありません。
2.「影すさまじき暁月夜に、雪はやうやう降り積む」
なるほど。煌々たる月影に雪が降っているというのはちょっと違和感あるのですが、野暮というものでしょうか。
3.歳時記風の短めの帖が続きます。お楽しみに。楽しいコメントお待ちしています。
4.初音礼子ですか、見れば分かる気がします。宝塚ガールの芸名は色々面白くつけられてますがこれこそ「源氏名」ですよね。名前一覧見てみたら他に源氏物語の巻名が入っているのは「明石照子」という人だけでした。まあ明石は一般地名ですからね。