初音(5・6) 二条東院にて末摘花と空蝉

p26 – 39
5.源氏、二条東院に末摘花と空蝉を訪れる
 〈p258 こうした年賀の客の賑やかな厩や車の音も、〉
 六条院に続いて二条東院の女君の所へ(末摘花と空蝉)

 ①末摘花=仮名のよろづの草子の学問心に入れたまはん人
  →学問に没頭しているのは感心

  末摘花の描写は相変わらずで辛辣。作者のしつこさが感じられる。
  →柳、黒き掻練、寒げに心苦し、御鼻の色ばかり霞に紛るまじくはなやかなるに、

  阿闍梨の兄も相変わらずで描写される
  →この兄にしてこの妹あり。作者の論理的考えが窺える

  源氏独り言 ふるさとの春の梢にたづね来て世のつねならぬはなを見るかな
  →末摘花は春のイメージではない。冬の雪と赤い鼻。
  →「どう、うまいもんでしょう!」 作者の声が聞こえるようです。

 ②次に空蝉、空蝉の登場は関屋以来(そしてこれが最後です)
  空蝉=行ひの方の人 出家して仏道修行に専念

  源氏と空蝉の問答、これも相変わらず源氏はしつこく未練がましく空蝉も煮え切らない。
  源氏 常に、をりをり重ねて心まどはしたまひし世の報いなどを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。思し知るや。
  →昔私につれなくした報いを今仏に詫びているんだなんて何とも傲慢

  改めて源氏は何故空蝉をこうも大事にしたのか、紫式部が空蝉に託した女の生き様は何だったのか、考えてみたいところです。

 ③他にも複数同じように面倒をみていた女性があった。
  (これからは六条院の女性だけに焦点が絞られていきます)
   
6.源氏、男踏歌をもてなし、御方々を見物する
 〈p265 今年は男踏歌があります。〉

 ①男踏歌 983年が最後 紫式部は実際には見ていない(推測)

 ②ルート 内裏→朱雀院(弘徽殿大后)→六条院 3.3KM (結構長い)

 ③雪が降った明け方に六条院に到着 歓迎の催しが華やかに行われる

 ④春の町(源氏・紫の上・明石の姫君)のところへ玉鬘もやってくる
  →玉鬘、ここで紫の上&明石の姫君と対面

 ④源氏が夕霧の歌声を評価する。
  弁少将(柏木)も源氏のセリフに登場する。
   →玉鬘物語&第二部への布石

カテゴリー: 初音 パーマリンク

2 Responses to 初音(5・6) 二条東院にて末摘花と空蝉

  1. 青玉 のコメント:

    そして最後に末摘花と空蝉の訪問はお義理のように感じます。
    どれ、ちょっと覗いてからかってみるか、例の衣裳は似合っているかな?ぐらいの軽い気持ち。
    ふるさとの春の梢にたづね来て世のつねならぬはなを見るかな
    痛烈な皮肉交じりの源氏の和歌、それさえも通じない末摘花。
    空蝉も最後までよく解らない女性でした。

    弘徽殿大后、まだ御存命でしたか、御幾つぐらいになられましたでしょうかね?
    憎まれっ子世にはばかる・・・
    雪景色の中での「男踏歌」という行事で新年が上手く締められています。

         鶯の初音聞かまし母子草
            生み賜ひしを忘れやはする

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.源氏と末摘花、源氏と空蝉の描かれ方はこれまでと変わりなく目新しいものはありませんね。二条東院への新春の巡回はお義理なのかも知れませんが末摘花、空蝉ともしっかり言葉を交わしご機嫌をとって暮らしの向きにも心を配ってあげる。私は光源氏のこういうところがすごく好きです。→自分じゃなきゃこんな人面倒見れるものか、、、と思ってるところは嫌いですが。

      2.弘徽殿大后、少女30で帝と源氏が朱雀院にお見舞いに行った時が57~58才(p147脚注15)。それから2年経っているのでこの時59~60才でしょうか。相当なお年です。でも前帝の実母(大后)ということで男踏歌も訪れる。作者も敬意を表して叙述しているのだと思います。

      3.初音の歌、大賛成です。巻名もそうですが内容的にも同じ屋敷におりながら行き来できない明石の方と姫君の親子の情に心を打たれます。

      今月、来月と4首づつ詠んでいただくことになりますね。ずれ込んでも一向にかまいませんのでどうぞよろしくお願いします。

コメントを残す