p214 – 228
藤壷のことから離れ後宮争いの続き、斎宮の女御の登場です。
19.源氏、斎宮の女御を訪れ、恋情を訴える
〈p48 前斎宮の病後は、源氏の君がかねてより〉
①斎宮の女御 入内(G31年春)して一年半(今はG32年秋)、源氏の居る二条院に里帰り。
②源氏は野宮の別れで近づいているがずうっと女御をはっきりとは見ていない。
見たてまつらぬこそ口惜しけれと、胸のうちつぶるるぞうたてあるや
→語り手もちょっと呆れた口調で茶々を入れる
③六条御息所、藤壺とのことを心に浮かべ女御へのあやにくな恋を思う
源氏→女御 あはれとだにのたまはせずは、いかにかひなくはべらむ
そう言われても女御は戸惑うしかなかろう。
④源氏がここで女御に言い寄るのは幾らなんでもあり得ないのではないか。
・女御は時の天皇(自分の息子)の妃
・兄朱雀院の想い人でもある
・六条御息所の今際での必死の遺言に背くことになる
それこそ源氏が強引に振る舞っておれば身の破滅になったのではなかろうか。
危ない橋を渡りそうで渡らない、、、源氏も32才分別盛りということか。
20.春秋優劣論に、女御、秋を好しとする
〈p52 「家門の繁栄の望みなどはさておいて、〉
①時は秋たけなわ。風情のある御前の庭を見ながら春秋優劣論を展開する。
→源氏と女御の口を借りての紫式部の議論。枕草子を意識している。
②額田王 秋派
女御も母御息所を偲び秋を好しとする→秋好中宮の謂れ
③女房たち、源氏の三拍子何もかも揃っているのを愛でる
→梅が香を桜の花ににほわせて柳が枝に咲かせてしがな(中原致時)
④紫の上 春の曙に心しめたまへる
→やはり紫の上は華やかな春の姫君である
21.源氏、大堰を訪れ 明石の君と歌を交す
〈p56 大堰の山里の明石の君も、〉
①月に二回しか大堰は訪問できない。
②大堰川ほとりの屋敷にて鵜飼の篝火を見ながら明石の浦を想う
源氏 いさりせし影わすられぬ篝火は身のうき舟やしたひきにけん
明石の君 あさからぬしたの思ひをしらねばやなほ篝火の影はさわげる
明石物語に始まった薄雲の巻、明石の君訪問のところで閉じられ次巻朝顔へと進みます。
未だもって斎宮への恋情、恥も外聞もない・・・信じられないですね。
そりゃ語り手も呆れてものが言えないでしょう。
だって斎宮は帝の后でしょう。
ということは父の妻とも密通し息子の嫁にも恋心を抱く・・・
ややこしいですね、こんなことって有り?
源氏32歳いい加減大人になってください。
わが御心も若々しうけしからずと思し返して・・・
多少は自制なさっているようですね。
いにしへのすきは、思ひやり少なきほどの誤ちに仏神もゆるしたまひけん、以下、~思し知られたまふ。お歳と共に自覚されつつあるようで一安心?
春秋優劣論、女御は秋、紫の上は春。
それぞれの雰囲気が醸し出されているような気がします。
これが後の六条院の構想につながるわけですね。
そして大堰へ・・・
この巻も色々ありました。
藤壺崩御、帝の出生の秘密、前斎宮への思慕。
紫の魂のゆくへぞ何処にや
雲のかなたに逝きたまふなり
ありがとうございます。
1.斎宮の女御への手出しはいくらなんでも禁じ手でしょう。「しめじめと暮るるまでおはす」とありますが夜になったら帰ったようだし手を握るところまでは近づけてないようなのでよしとしましょうか。むしろ逆に「女御はこんないい女性で源氏は当然のこととして恋心を抱いたが分別により思い止まった。源氏も大人になった、さすがである」ということを言いたかったのでしょうかね。
2.薄雲の歌、いつもながら本巻の核心をついて素晴らしいです。藤壷の死で「紫のゆかり」は紫の上だけになります。紫の上にどんな将来が待ち受けているのでしょう。引き続きよろしくお願いいたします。