松風(9・10) 源氏、明石の君と唱和 

p146 – 152
9.源氏、明石の君と唱和 姫君の将来を思う
 〈p326 嵯峨野の御堂に源氏の君はお通いになられて、〉

 ①源氏、嵯峨野の御堂に行って毎月半ばと月末に仏事をさせることをいいつける。
  →自分が嵯峨野(大堰)に来ることを正当化する方便として

 ②2泊目の夜 例の形見に残した琴を取り出して掻き鳴らす
  源氏 契りしに変らぬことのしらべにて絶えぬ心のほどは知りきや 代表歌

 ③さて、姫を二条院で育てねばなるまい、、、明石の君には言いだしにくい。

 ③勿論連泊で連実事あり
  次段 すこし大殿籠り過ぐして、

10.源氏、大堰を去る その堂堂たる風貌
 〈p328 次の日は京へお帰りになる御予定だったので、〉

 ①桂の院=源氏の別荘 ここに都から源氏の取り巻きが集まっている
  大堰邸=明石の君の山荘 源氏にとっては隠れ家、取り巻きもここまでは来れない

 ②乳母若君抱きてさし出でたり
  →甲斐甲斐しいよく気がつく乳母である

 ③「遥かに思ひたまへ絶えたりつる年ごろよりも、今からの御もてなしのおぼつかなうはべらむは心づくしに」
  →乳母が明石の君を代弁して源氏に訴える。さすがしっかりしている。
   「明石は遠かったけどここは近いのですよ。チャンと来て下さいね」 

 ④なかなかもの思ひ乱れて臥したれば、とみにしも動かれず
  →二日連続の濃密な夜で明石の君は起き上がれない、、、ということか。
   六条御息所でもこういう表現があった(夕顔7 p208 11月14日投稿)
   明石の君の立居振舞は御息所に似た表現になっている。

 ⑤几帳にはた隠れたるかたはら目、いみじうなまめいてよしあり、たをやぎたるけはひ、皇女たちと言はむにも足りぬべし
  →明石の君の気高い様子(でも出自の低さは変えようがない)

 ⑥靫負の尉と女房との会話
  →女房の気取った受け答え、、、靫負の尉は辟易する。
  →松も昔の、、誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
   百人一首No.34 藤原興風

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2 Responses to 松風(9・10) 源氏、明石の君と唱和 

  1. 青玉 のコメント:

    偶然とはいえ大堰が嵯峨野の御堂に近いというのも源氏にとっては格好の材料。
    なんとか紫の上へ言い逃れができる、やれやれと思ったのでは?
    二連泊、形見の琴を前に和歌を交わす。
    明石の君、姫君母娘への源氏の思いは様々だったことでしょう。

    なかなかもの思ひ乱れて臥したれば・・・」
    そうそう、思い出しました。
    紫式部は明石の君を御息所のイメージを前提に書いたのでしょうか?
    所々それらしき表現が見られます。
    「明石」P158にも「ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとようおぼえたり」とありましね。
    出自こそ低いが、気高さや気位の高さなど御息所の俤残す明石の君。
    そんな所に源氏は魅かれたのでしょうか。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.明石の尼君ゆかりの土地が大堰にあったのはラッキーでした(物語だから何とでも書けますけど)。かくて嵯峨野は源氏物語にとって大事な場所となり得たわけです。

      2.明石の君と六条御息所、おっしゃる通り紫式部は御息所のイメージをダブらせて明石の君を描いたのだと思います。というか読者には御息所のイメージ(抜群の教養・容貌を兼ね備えた極上の貴婦人)が刷り込まれていた筈でそれを利用したということでしょうか。出自はともかく御息所の俤を残す女性、その女性が娘を産んでくれ都にも出て来てくれた。源氏は嬉しかったでしょうね(その分紫の上とのことが難しくなる)。

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