pp180 – 186
19.源氏帰京して、権大納言に昇進する
〈p156 源氏の君は、難波のほうに〉
①難波でお祓いをし住吉神社に報告の使いを出して京へ直行する。
②二条院へ到着。紫の上と2年半ぶりの再開(紫の上=20才)
源氏も紫の上もどんなに嬉しかったことだろう。
→映画なら互いに駆け寄りひしと抱き合い見つめ合う感動的場面であろう。
③その人のことどもなど聞こえ出でたまへり
また正直に明石の君のことを話してしまう。案の定紫の上は穏やかならぬ気持ちになる。→よせばいいのに。(脚注にもあるが二人の心の乖離の始まりであろうか)
④「身をば思はず」→
No.38 忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな(右近)
かつ見るだに
→陸奥の安積の沼の花がつみかつ見る人に恋ひやわたらむ(古今集)
→かつみ刈る此もやや近うなれば「いづれの草を花かつみとは云ふぞ」と、人々に尋ね侍れども、更に知る人なし。(奥の細道 安積山)
⑤源氏は権大納言に、関係者も復権→枯れたりし木の春にあへる心地して
20.源氏参内、しめやかに帝と物語をする
〈p158 帝からお召しがあり、〉
①8月15日仲秋の日 朱雀帝と対面。2年前の8月15日は須磨で寂しく過ごしていた。1年前の8月は明石の君との初契りであったが、、。
②源氏 わたつ海にしなえうらぶれ蛭の子の脚立たざりし年はへにけり
→いやあ、おかげで大変でしたよ
朱雀帝 宮柱めぐりあひける時しあれば別れし春のうらみのこすな
→まあそう言わないで許しておくれよ
③東宮は10才、順調に成長している。
藤壷との対面のことは詳しく書かれていない。→どうして省いたのだろう?
21.源氏、明石へ文を送る 五節と歌の贈答
〈p161 そういえば、あの明石には、〉
①源氏→明石の君 嘆きつつあかしのうらに朝霧のたつやと人を思ひやるかな
←ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ(柿本人麻呂)
②五節との歌の贈答 (物語に関係ない)
花散里のこともチラッと出てくる(忙しくて訪ねられない。手紙のみ)
ということで明石の巻は閉じられ京で源氏が昇りつめていく第一部後半に移ります。
二年半ぶりの感激の逢瀬をなぜ無粋にも壊してしまうのでしょう?
これではあまりにも紫の上が可哀想、彼女はもう以前のような子どもではないのです。
源氏ともあろう方が女心がわからないのでしょうか?
それとも今後の伏線を張ったということ?
源氏様、ちょっと男らしくないですよ!!
紫の上の「身をば思はず」これは効きますね。
帝との対面も果たし今後の源氏の上昇がうかがわれる所ですね。
まことや、かの明石には・・・明石の君の運命や如何に?
琴の音のしらべも哀し涙降る
ゆくえも知れぬ明石の別れ
ありがとうございます。
女心を踏みにじる源氏の言葉、憤りを感じられるのも尤もだと思います。私も今では概ねそう思います。
敢えて男の側から言わせていただくと、これは最愛の女性に対する甘えではないでしょうか。「オレはお前がトコトン一番、誰よりも愛している。お前も分かってくれてるよなあ。そんなお前だから言うんだけど、実はなあ、、、、」てな調子でしょうかね。そんなの分かる訳ないですよね(これからも源氏は紫の上の前ではいつでもこんな調子、死ぬまで甘えきった感じがします)。
明石の歌、いいですね。どの場面を選択されるのかと思ってましたがやはり別れの場面ですか。明石の君を思いやる青玉さんの気持ちがよく表れていると思います。