葵の巻のクライマックスシーンです。徐々に話を高めていき一気に上り詰める紫式部の筆使い、素晴らしいと称されているところです。
p40 – 52
13.御息所、物の怪となり葵の上を苦しめる
〈p170 左大臣家では、葵の上に物の怪がさかんに現れて、〉
①この御生霊、故父大臣の御霊など言ふものありと聞きたまふにつけて
ここは御息所の出自と過去の権力争いが暗示されてる重要部分です。
御息所の父は大臣とだけあり詳しくは語られていないが娘を入内させた(勿論正妻として)訳でそのまま東宮が天皇になり皇子が生まれておれば外祖父として権力をふるえた筈であった。何故死んだのか不明だが政治的に対立していた左大臣に恨みがあったのかもしれない。
→御息所も葵の上も大臣の娘。御息所は父は死に夫東宮も亡くなり今は未亡人。一方葵の上は入内ではないが今をときめく源氏の正妻。御息所が葵の上を呪い殺そうとまで思うにいたるバックグラウンドが分かるような気がします。
②もの思ひにあくがるなる魂は→
和泉式部 物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る
理性では自制しているつもりだがどうにもならない御息所の心内。
14.源氏、不意に御息所の物の怪と対面する
〈p173 まだ御出産の時期ではないからと、左大臣家では、〉
①すこしゆるべたまへや。大将に聞こゆべきことあり
から
なげきわび空に乱るるわが魂を結びとどめよしたがひのつま
まで葵の上に御息所の生霊が乗り移って源氏に迫る、、、息もつかせぬ迫力のオカルトシーンです。
②この場面産室の白一色に波打つ長い黒髪、白と黒の世界であります。
加持祈祷の僧の声と護摩を焚く芥子の匂い。
③源氏にとってはなにがしの院での妖物との対面以来の修羅場でしょうか。
そして正体が御息所と分かった源氏、どんな思いだったのでしょう。
この段、解説に多言は無用でしょう。
15.葵の上、男子を出産し、御息所の苦悩深し
〈p177 少し御病人の声が静まったので、〉
①物の怪が正体を現しやがて出産。源氏を始め人々の安堵と後産に対する不安。
→ ともかく異常な状態での出産であった。すんなり収まるわけがない。
②葵の上、無事男子を出産。それを聞いた御息所の心境。
かねてはいと危く聞こえしを、たひらにもはたと、うち思しけり。あやしう、我にもあらぬ御心地を思しつづくるに、御衣などもただ芥子の香にしみかへりたり
芥子の匂いがうまく使われている。葵の上の寝所は芥子の匂いで一杯、その匂いが空間を超えて。すごい工夫だと思います。
ここは色々に解説されてる重要場面です。
「危ないと聞いて死ねばいいとは思わなかったけど無事に生まれたとは、、」 こういう気持ちをよくも1000年前に描けたものだと驚いてしまいます。
御息所、出自がら気高く誇り高いのはわかりますがこれほどまでにとは、女の怨念は怖いものがありますね。
ご自身、自己嫌悪に陥らないでしょうか?
「とかくひきまさぐり、現にも似ず、猛くいかきひたぶる心出で来て、うちかなぐるなど見えたまふこと度重なりにけり。」
夢とはいえ本心の表れ、恐ろしや・・・
更に御息所の生霊を目の前にして源氏、腰も抜かさんばかりの驚きではなかったでしょうか?
注釈に「なげきわび・・・」という御息所は不気味でもあるが哀れでもあるとありますが、まさに哀れそのもので、プライドも何もあったものではないですね。
葵の上の男児無事出産、ここでの御息所の心境が又すごいです。
かねてはいと危うく聞こえしを、たひらかにもはたと、うち思しけり
嫉妬の気持ちがこれほどとは想像を絶します。
今回の場面、出産の喜びよりも御息所の嫉妬に狂う怨念ばかりが印象に残りました。
ありがとうございます。
1.私もこの場面は御息所の存念をどう捉えるかがポイントだと思います。
先に車争いの場面で御息所は何でこんな所に来てしまったのだろうと後悔・自責の念に駆られ居てもたってもおられなかった。それなのに源氏が来てくれたこともあり又嫉妬心が抑えられず葵の上を呪いに行くおぞましい夢をみる。夢から覚め正気に戻った御息所は自己嫌悪に苛まされたのだと思います。理性はそうなんだけどでも心の奥底の本心は抑えることができない。ホントよく書けていると思います。
2.この時代出産は命がけであったことがよく分かります。無事生まれても後産もあり一瞬の油断もできなかったのでしょう。大事な姫君の出産となると一族総出でひたすらに神仏に祈り続ける。僧侶も親族も女房たちもくたくたになったのでしょうね。
→出産の様子は紫式部日記に詳しい