p218 – 236
この源典侍(げんのないしのすけ)のことは紫のゆかりのメインストーリーには関係ない一つのエピソードで、紫式部の筆使いもちょっと異なるように思います。あとから挿し込まれたのかもしれません。何ともユニークな馬鹿げた話であります。でもけっこう面白いです。一気に読んでしまいましょう。
13.源氏、老女 源典侍とたわむれる
〈p100 帝はもうかなりのお年でいらっしゃいますけれど、〉
①桐壷帝の老いても(何才か諸説あるが)お盛んなことが語られる。帝の周りはきれいどころがいっぱい。華やいだ後宮である。
②源典侍の紹介。モデルは誰かとか色々言われている物語中でも屈指の有名人物。
家柄高く才気があり好色、衰えを知らない。この時点で57~58才。催馬楽・俗謡などにも通じている。
③裳の裾を引きおどろかしたまへれば、かはほりのえならずゑがきたるをさし隠して見かへりたるまみ、いたう見延べたれど、目皮らいたく黒み落ち入りて、いみじうはつれそそけたり
→ 裾など引いてチョッカイを出すのがいけない、、いやそこがいい所か
→ 末摘花の描写にも匹敵する強烈な表現 ここまで言うかって感じです
④引歌の応酬による下世話な会話。
源典侍 君し来ば手なれの駒に刈り飼はむさかり過ぎたる下葉なりとも
→丸谷才一は「驚くばかり露骨な歌でこれだけ露骨な歌は源氏物語のなかにもないんじゃないか」と言ってます。でも古歌を引きあっての応酬であるところが床しいところです。
⑤頭中もききつけてオレも負けていないぜとばかり老女にアタック(友だちっていいですね)
頭中をこのようにかませて物語を進展させるところが実にいい。源氏と老女だけの秘めたる情事なんていくらなんでも気持ち悪いだけではなかろうか。
14.源氏と典侍との逢瀬を、頭中将おどす
〈p105 頭の中将も人よりははるかに優れていらっしゃいますので、〉
この場面、式部さんの朗読も笑いを堪えながらの感じ、実にいいです。
① 温明殿のあたりから琵琶の音(源典侍は琵琶の名手、催馬楽を歌うのも上手だったのだろう)
②催馬楽 「山城」&「東屋」を引き合っての冗談事の応酬。この辺も露骨。
→ まことに床しい紫のゆかりの筆致とは大違い。ちょっと場違いな感じです。
③19才 ♡ ♡ 57才 (19 x 3 = 57 ですね)
④頭中が現場に侵入。
源氏: 「何だオレは当て馬か!」
源典侍:「あら、またかち合っちゃったわ」
この時代、性的にとてもオープンでこのようにかち合ったり踏み込まれたりしたこと日常茶飯事だったのだろうか。大らかなものです。
⑤「ふるふふるふ」「あが君、あが君」
→ 滑稽表現の続出。読み聞かされた女房たちはきゃっきゃっ言って喜んだのでは。
→ 太刀が出てくるのは夕顔なにがし院の場面とこの場面のみ
15.源典侍とのことで、源氏、頭中将と応酬
〈p112 源氏の君は、頭の中将に見つけられてしまったことを、〉
①翌朝の様子。源氏・典侍 & 源氏・頭中の歌の詠み合いはさすが。
→ 歌がいっぱい。この辺 紫式部自身が楽しんでる感じ
②源氏 「妹には言うなよ」
頭中 「簡単に言ってたまるものですか」
③頭中の出自・性向の紹介が改めてなされる。
脚注12「左大臣の子供のうち、桐壷帝の妹を母としているのは、頭中と葵の上の二人だけ」
→ 重要。源氏と頭中は以後友だちかつライバルという関係を続けていく
補足コメント
何度読んでも抜群に面白い本をご紹介します。
「蜻蛉日記をご一緒に」(田辺聖子 講談社文庫)
(図書館にあると思います。アマゾンでも中古版ならただ同然です)
お聖さんのカルチャーセンターでの話をまとめたもので蜻蛉日記に沿いながら王朝文学全般に亘っており源氏物語もふんだんに出てきます。
その中に、情事の現場に踏み込まれた時のユーモア話が紹介されています。
(この話最高によくできていると思います)
京都のある天文博士が非常に美人の奥さんを持っていたが、その奥さんは浮気者で朝日阿闍梨という名の坊さんの愛人がいた。天文博士の留守中奥さんと阿闍梨が情を交わしているところに突然夫の天文博士が帰ってきた。朝日阿闍梨は驚いて西の窓から急いで逃げようとした。それを見つけた天文博士が呼び止めて歌を詠みかけた。
あやしくも西に朝日の出づるかな
朝日阿闍梨はニヤっと笑って歌を返した。
天文博士いかに見るらん
(その後、二人は意気投合して飲み交したとのこと。何とも大らかな話で田辺聖子も平安朝にはユーモアがあったと絶賛しています)
源典侍。凄い女性が登場しましたね。 (清々爺は57~58才と書いていますが、この年齢はどこから引っ張ってきたのですか? if-so、 当時の概念では、熟女と言うより老婆。)
それにしても、源氏は、中将と鞘当てしたり、「人妻はあなわづらはし 東屋のまやのあまりも馴(な)れじとぞ思ふ」なんて未練な捨て台詞を吐いたり、源典侍は、よっぽど特異なテクニッシャン(失礼!)だったのでしょうか?
でも、何故、このエピソードがここにはめられたのでしょうか?
冒頭に「 帝の御年、ねびさせたまひぬれど、かうやうの方、え過ぐさせたまはず」とありますが、“上から下までみな好色なんです、相手の見境も無く”、と言いたかったのかも。
所で、「モデルは誰かとか色々言われている」だそうですが、例えば、どう言う人ですか?
PS 正月、恒例で、京・堺・奈良(順に私の実家、妻の実家、親戚集合の場所がある所です)に帰っていた為、溜まっていた投稿をCatch-Upするのが大変でした。
おかげでじっくり味わいたかった藤壷の物語を 斜め読みに。中国語では、こういう時の表現を「騎馬看花」と言います。
お忙しい中懸命にフォローいただきありがとうございます。来月からは時間ができるようですので斜め読みしたところなど復習されるといいと思います。本年もよろしくお願いします(あいさつは昨晩すませてましたね)。
1.57~8才。p228 本文中にあります。
当時の結婚年齢は低く15才で初出産、30才でお祖母ちゃん(若紫の祖母)なんてのが普通だったようで、それからすると確かにトンデモナイ年令ですね。
2.源典侍、かなりデフォルメされて描かれてますがこの人のことを是とするか非とするかは読み手次第だと思います。私は最初読んだときは違和感を感じましたが何度も読むうちに憎めなくなってきました。だって彼女よりももう年上の老年ですからね。
3.モデルは源氏物語の時代とされた時代に実際に典侍であった紫式部の夫宣孝の兄嫁=源明子と言われてます。「源明子」で検索してみてください。
→紫式部が義兄嫁をないがしろにするわけがないとしてそもそも源氏物語は紫式部の作品ではないと主張する説もあるようですが。
4.帝の後宮が美貌と教養のある女性たちで賑わっていたというのはそれほど優雅な素晴らしい時代であったというメッセージです。当然そこには男女のコトも生じる。でもそれは好色集団として揶揄されるものではないのです。
(騎馬看花したところも是非下馬看花してくださいね)
この三場面本当に笑いなくしては読めませんね。
式部さんもさぞかし噴き出したいのをこらえるのに御苦労なさったのではないでしょうか?
先ずは源典侍のキャラ、源氏から見ればお婆様の年齢ですよね。
宮中でこのような、からかいや馬鹿げたこともあったのかと思うと親しみが持てますね。
神聖な場所だとばかり思っていたイメージが源氏を読んでちょっと変わりました。
結構、恋の駆け引きや日常の他愛ない出来事もあったのかと・・・
帝も相当ご高齢のようですがやはり源氏の父上、好色だったのですね。
歳に似合わぬ若づくりの源典侍、源氏に気に入られたい一念でしょうか?
身のほど知らずというか、又そこがかえって面白い!!
帝がのぞき見されてるのも滑稽です。
源氏、頭中、どこまでも親友でありライバル。
馬鹿げた所にまでお互い常軌を逸した競い合い、いかにして相手の弱みを見つけようとあの手この手の駆け引きには笑えます。
源典侍、好色ばかりではなく才気煥発ですね。
頭中との応酬の所、意地の張り合い、対抗意識、切り札、お互い出し抜こうと愉快です。
紫式部もいかに読者を楽しませようかと筆が走ったのではないかしら?
頭中、密かに源氏に劣るものではないと自尊心強く誇り高いですね。
田辺聖子の本、予約しました。
ありがとうございます。
この段は逸品ですね。紫式部にしてやられた感じです。
おっしゃる通り宮中がぐっと身近になります。
紅葉賀は青海波と源典侍ですね。
どの時代も優雅、優美だけではつまらないと思っていたのでしょうかね。笑いの起こる要素を紫式部は所々に入れていますよね。今風に言えば「受け狙い」かな? 私も含め読者はやっぱり笑ってしまいます。平安女房もおそらくお上品に大笑い?したことでしょう。
源典侍はスーパーウーマンなんでしょうね。昔も今もこういうタイプの人はいるんでしょうねえ。すごいですねえーー。
「朝日阿闍梨」の話、私もどこかで読みました。面白いですよね。心に大いなる余裕があるのでしょうか。
ありがとうございます。
お上品に大笑い、いいですねぇ。一条帝も彰子中宮も道長も何だこれは!と思いながらクスクスと笑いに包まれる。寛弘の女房たちは互いに顔を見合わせモデルの犯人さがしに勤しむ。一条朝の文化水準の高さの賜物でしょうね。
源典侍、正にスーパーウーマン。彼女を主人公にした映画でも作ってもらいたいですね。主役は五月みどりでいかがでしょう。