p265 – 276
8.若君の五十日の祝儀 源氏感慨に沈む
〈p46 三月になりますと、〉
①三月、若君(薫)の五十日の祝儀
若君 いと白ううつくしう、ほどよりはおよすけて、物語などしたまふ
→人々の複雑な心境をよそに順調にすくすくと育っている。
②源氏は毎日女三の宮の所に顔を出す。
→二条院の紫の上はまずまず回復し小康状態なのであろう。
③出家した母女三の宮の尼削ぎ姿。
→女三の宮、まだ22-3才。尼姿は何とも中途半端である。
→源氏は「何でこんな姿に!」と恨めしく思う(女三の宮への憐情八分・好色心二分か)
④源氏→女三の宮 「かひなのことや。思し知る方もあらむものを」
→源氏は女三の宮を見ると皮肉を言ったりいじわるを言ったり。やはりすっぱりと許す気持ちにはなれない。
⑤「あはれ、残り少なき世に生ひ出づべき人にこそ」とて、抱きとりたまへば、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて白ううつくし。
源氏が五十日の祝いで薫を抱く場面 = 国宝源氏物語絵巻 柏木(三)
→様々な想いが錯綜する名場面ではなかろうか。この場面を基に語り合いたいものですね。
⑥若君 ただ今ながら、まなこゐののどかに、恥づかしきさまもやう離れて、かをりをかしき顔ざまなり。
→この不義の若君を「薫」と呼ぶのはここから。宇治十帖の主役の一人です。
⑦五十八を十とり棄てたる御齢なれど、
→源氏が今48才であることを示す重要な一文
⑧源氏→女三の宮 「この人をばいかが見たまふや。かかる人を棄てて、背きはてたまひぬべき世にやありける。あな心憂」
誰が世にか種はまきしと人問はばいかが岩根の松はこたへむ
→これは強烈。源氏の意地悪さがよく表れている。女三の宮が可哀そう。
→物語中屈指の辛辣な歌であろう(この歌あまり好きになれません)。
9.夕霧、柏木を回想 致仕の大臣の悲傷
〈p54 夕霧の大将は、あの亡くなった衛門の督が思い余って、〉
①夕霧は柏木の今際の言葉を反芻し女三の宮が出家したことを想い合わせ「若君は柏木の子どもに違いない」と思い至る。
さるまじきことに心を乱りて、かくしも身にかふべきことにやはありける
→秀才の夕霧には柏木の妄動は理解しがたい(柏木の行動を非難)。
②父大臣(頭中)・北の方 法事も自らできないほど憔悴している。
→無理ないだろう。若君はアナタ方の孫なんですよ!叫んでやりたい気持ちです。
子どもに罪はないですものね。
赤ちゃんの様子が活き活きと描かれています。
さすが出産経験のある紫式部でこそ・・・
国宝源氏物語絵巻 柏木(三)
本物はまだ見ていませんが教科書やで何かとよく目にする場面ですね。
こうやってこの箇所を読んでみると源氏の心境と合わせて複雑な心理が絵からも読みとれそうですね。
薫、これもいい名前ですね。どんな青年に成長するのでしょう、楽しみです。
五十八を十とり棄てたる御齢なれど
直接48ではなく58マイナス10で48、面白い表現です。
誰が世にか種はまきしと人問はばいかが岩根の松はこたへむ
この歌、嫌味ですね、私も嫌いです。
源氏のねちねちした執念深さを現わしています。
冷静で優等生の夕霧。
これまでのいきさつから思い至る事は出来ても柏木の行動は到底理解できないのでしょうね。
もし頭中が我が孫と知れば一体物語はどのように展開していったことでしょう?
ありがとうございます。
この重要場面、源氏の想いも若君の様子も結構さらりと書かれています。解釈は読者でどうぞという作者の姿勢なのでしょうか。それだけに読む度に感じ方が違うように思います。
→源氏を冷たいと思ったり仕方ないなあと同情したり
→女三の宮を可哀そうと思ったり自業自得だと思ったり
そもそも子どもが(或いは孫が)可愛いと思う(感じる)のは自分の血がつながっているからこそでしょう。勿論他人の子どもでも可愛い愛くるしいと感じますがそれは所詮一般的な感情で盲目的なものではありません。
源氏が赤子を抱くとにこにこと微笑み返してくれる、可愛くない訳はありません。でもオレの子どもではない、いや目をかけてきたのにオレを裏切ったヤツの子どもだ、、との思いが湧いてくると途端に心は暗くなり白けから怒りにまで落ち込んでいったのでしょう。
女三の宮への辛辣な歌は好きにはなれませんが源氏が生身の人間であることを示す象徴として重要かと思います。もし私が源氏の立場におかれたらとてもこんな歌ぐらいで済ませる自信はありません。
追伸
右欄の青玉源氏物語和歌集更新しました。35首並べて初めから読ませてもらうと壮観です。各帖の場面が甦ります。改めて感謝申し上げます。
ありがとうございます。
こうやって一覧にしていただくと壮観ですが一首ずつ読み直してみるといかにもお粗末なのが目立ちます。
なんせ出来た歌を相談する人がいない、唯一母親にはこういった事が相談できる人なのですがいかんせん92歳、すべての記憶がおぼろになりつつあり今ではあれほど好きだった活字など興味を無くしてしまいました。
平家物語の先生にはとても恥ずかしくて話せないし文語助動詞活用表というのを参考にしていますがあまりよく解りません。
当初、現代短歌で読むつもりだったのがかえって難しいことがわかりこのような形になってしまいました。
54首詠んだ暁にはもう一度推敲したいと思います。
「これはこう詠んだほうがベターではないかしら?」と誰かに相談したいのが今の私の本心です。
何をおっしゃる、立派だと思いますよ。
詠もうとしている対象がはっきりしていて内容的に(コンテンツとして)超一級ですからね。源氏物語を自分で読み解いて短歌に詠む。与謝野晶子以降そんなにいないんじゃないですか(そもそも源氏物語をキチンと読むこと自体が難しい)。
とは言うものの短歌の世界(技術的なもの)はまた難しいのでしょうね。せっかくですから推敲に相談に乗ってくれる人いるといいですね。やはりカルチャーセンターの先生じゃないですか。内容的には自信を持って行けますよ。。
五十日の祝いの日の「源氏物語絵巻~柏木」の部分のほぼ原寸大(少し大きいかな)の写真をじっと眺めながらのコメントです。
「御乳母いとはなやかに装束きて、御前の物、色々を尽くしたる籠物、檜破子の心ばえどもを、内にも外にも、・・・」のあたりはそのものずばりの絵になっています。
真実を知らない乳母や女房や御前の物の華やかな色取りに比べ、源氏の衣装はくすんで見えます。単なる経年劣化だけとはいえない感じがします。
顔の表情だけから源氏の心内を読み取ることは難しいですが読者は知っているのですから、おのおのが好きなように感じ取ればいいのですよね。
源氏と薫がお互いに見つめあっているように描かれているのが好ましいですよ。
絵の中の薫もまさしく「つぶつぶと肥えて白ううつくし」く気品ある赤ん坊です。
薫に何の罪もありません。大切に可愛がって育ててください、源氏殿!
絵巻を見ての臨場感あるコメントありがとうございます。
残されている数少ない絵巻の中でこの場面が一番重要な場面だと思います。よくぞ残っていてくれたって感じでしょうか。
源氏と薫は見つめ合ってますよね。薫は笑いかけているように見えるし源氏の表情も穏やかなものに感じます。心の奥底はともかくこの瞬間は可愛いなと思ったことでしょう。
紅葉賀に桐壷帝が皇子(冷泉帝)を抱いて源氏に見せながら話しかける場面がありますが(紅葉賀p208)、散逸した絵巻にはきっとこの場面があったのではないでしょうか。二つを比較すると面白かったろうに、、、残念ですね。