藤裏葉(1・2・3) 内大臣、夕霧に招待状

藤裏葉 ふぢばなのもとの根ざしはしらねども枝をかはせる白と紫 (与謝野晶子)

さていよいよ第一部のフィナーレ藤裏葉です。物語冒頭の高麗人の観相が実現し源氏は栄華を極め頂点に昇りつめます。光源氏のサクセスストーリーとしての完結編を迎えることになります。

p228 – 236
1・夕霧、雲居雁、内大臣、それぞれ苦しむ
 〈寂聴訳巻五 p290 明石の姫君の入内のお支度で忙しいさなかにも、〉

 ①G39年春 梅枝からの続き。夕霧・雲居雁問題をどう結着つけようか内大臣も悩み続けている。
  →内大臣・源氏・夕霧のお互いの意地の張り合いから膠着状態に陥っていたわけで、誰かが意地を捨てて下手に出れば解決は見えてた筈。
  →読者もそろそろいい加減にしてよ、、、って感じてたのではないか。

2.大宮の法事の日、内大臣、夕霧と語る
 〈p291 表面はさりげなく振る舞っていますけれど、〉

 ①G39年3月20日 大宮の三回忌 極楽寺で行われる。

  →脚注6に一周忌とあるが大宮はG37年3月に亡くなった筈で三回忌だと思うがいかが。
  →やはり大宮の死が重要な役割を果たしている。

 ②宰相中将、をさをさけはひ劣らずよそほしくて、容貌など、ただ今のいみじき盛りにねびゆきて、とり集めめでたき人の御ありさまなり
  →夕霧(宰相中将)は18才。立派に成長し大宮の法事を取り仕切る。

 ③心ときめきに見たまふことやありけん、袖を引き寄せて
  →やっと内大臣が夕霧に話かける。それに応じる夕霧
  →一気にコトが進む気配

 ④3月20日で極楽寺の桜は盛りを過ぎて春霞から雨模様。
  →一気に春来たると言う訳にはいかない(和解の契機は作るも結果は後日に・脚注5)

3.内大臣、藤の宴に事よせ夕霧を招待する
 〈p294 長の年月にわたって、〉

 ①そして4月の初め、内大臣邸の藤が満開となる頃合いに夕霧を招待する。
  →使いは夕霧の友人柏木。彼が来てくれたことで夕霧もほっとしたことだろう。

 ②内大臣 わが宿の藤の色こきたそかれに尋ねやはこぬ春のなごりを
  夕霧  なかなかに折りやまどはむ藤の花たそかれどきのたどたどしくは
  →「雲居雁をもらいに来て下さいよ」「本当にもらっていいのですか」

 ③夕霧から報告を聞いた源氏は勝ち誇った感じでものを言う。
  御心おごり、こよなうねたげなり
  →さすがに語り手も源氏に批判的です。

 ②夕霧は慎重に「単に管弦の宴に誘われただけでしょうよ」との対応だが源氏には事の重大さが分かっている。宰相らしい立派な衣装を着せて行かせる。
  →長い間ウジウジしていたがやっと解決しそう。作者の筆も踊っている。

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3 Responses to 藤裏葉(1・2・3) 内大臣、夕霧に招待状

  1. 青玉 のコメント:

    内大臣 夕霧 雲居雁三者三様お互いに執拗な意地の張り合いですね。
    もう放っておきましょうよという気分ですが。

    紆余曲折を経るとは言いますもののこれほど手はずを踏まなければ事が進展しないと言うのは全くもどかしい。
    藤の宴でやっときっかけを掴むという筋で春遠からじ?

    源氏も源氏ですね。
    内大臣の弱みに付け込んで勝ち誇るとは。
    若いカップルの為にひと肌脱げば済むことですのに・・・
    でもようやく明るい兆しがみえてきましたね。

    「朗読で聞く源氏物語」
    仲秋の名月の夕べ徳川園での古典の日にちなんだ催しを楽しんできました。
    第一夜は桐壺 紅葉賀 須磨から月にちなんだ場面を抜粋しての朗読でした。
    朗読者の西田久美子さんはかなりのお歳で70代後半とお見受けしました。
    京ことば独特のはんなりとした語り口で第一声を聞いて妙に懐かしさを感じました。
    元々生粋の伊勢弁の私、京ことばのかけらも持ち合わせませんがそこは関西系のイントネーション、どこか懐かしみを感じる語りでした。
    所で実際平安貴族の言葉のイントネーションはやはり京風でしょうか?
    公家言葉とかありますが・・・
    一番印象に残ったのはやはり「須磨」
    月のいとはなやかにさし出でたるに今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊び恋しく、所どころながめたまふらむかしと、思ひやりたまふにつけても、月の顔のみまもられたまふ。」のところです。
    朗読の場面が頭に浮かぶのもこうして一年に渡り及ばずながら学ばせていただいたおかげかと感謝の思いです。
    原文朗読のあと京ことばでの解説がありこれもゆったりとした口調で昔を偲ぶイメージにはぴったりでした。
    和服に障子設えで間接照明の灯りも落としての異空間は素晴らしいものでした。
    朗読はほとんど諳んじておられるように見受けられました。
    終えた後には満ちたお月さまが煌々とお庭を照らしており池には名月が浮かび思いがけず源氏物語にたっぷり浸った第一夜でした。
    次回、第二夜も源氏がほほ笑んでくれることを願いつつ・・・

    • 式部 のコメント:

      青玉さん、優雅な一夜をすごされたようですね。 ため息がでそうです。
      昨夜の観月をかねた源氏物語朗読の様子や雰囲気が青玉さんのおかげでよくわかりました。ありがとうございました。
      徳川美術館、徳川園の文化貢献度は大きいですね。名古屋の誇りですね。
      音は実際に耳にしないとよくわからないもどかしさがあります。東京で西田久美子さんの朗読の催しがあれば是非行ってみたいものです。

    • 清々爺 のコメント:

      ありがとうございます。

      1.全く現代人からすると歯がゆいばかりですがこれが王朝人のコトの進め方なのかも知れません。何事も白黒つけてスピードと効率化を第一とする現代人の生き方とは世界観・価値観が違うのでしょうか。

       藤の宴と言うと源氏が右大臣邸の藤の宴に招かれ朧月夜と再会する件が思い出されます(花宴6)。この時源氏は父桐壷帝に早く行ってあげなさいよと促されて右大臣邸を訪れています。今回夕霧は源氏に背中を押されて内大臣邸を訪れる。全くいっしょですね。

      2.徳川園での朗読会・観月会、詳しく書いていただいてありがたいです。「桐壷」「須磨」「紅葉賀」と既に読み終えたところで更に理解と感情移入が深まったことと思います。源氏物語には月見の場面、花見の場面など数々出て来るので何年前のあの時の月はこうだったなとか、桜はこうだったなとか振り返り昔を偲べるところがいいのだと思っています。

       源氏物語当時の京ことばのイントネーションが今の京ことばと比べて同じだったのか、異なるものであったのか私も凄く興味ありです。それと源氏物語の言葉(単語)、これは京都言葉ではなくむしろ標準の大和言葉(広辞苑に広く引かれているように)だと思うのですが、その辺が分かりません。気のつくところあれば教えてください。

       第二夜も楽しみですね。いい天気になりますように。

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