年立 年表

源氏物語では何年の出来事かの叙述は一切ないので、物語の進行を光源氏の年令を基準にして(第三部では薫の年齢)年表を作って整理する方法が一般的です。これを年立(としだて)といい、源氏物語の解説書にはよくついているので参照するといいでしょう。できれば自分で独自の(簡単なものでよい)年立を作ると理解しやすいかと思います。

私は源氏=G、薫=Kで  G○○年とかKxx年とかで表示してテキストの上部に書き込んでいました。例えば「帚木」の雨夜の品定めは光源氏17才の時の話だからG17年5月のことだし、須磨に流れたのはG26年3月のこと、藤壷が崩御したのはG32年3月ということになります。

もう一つ、登場人物の年令も重要だと思います。これは光源氏を基準とし同年令なら0、年上は+、年下は-で表示し登場人物毎に一覧表にしておくと読んでいくとき参照しやすいかも。

例えば、葵の上=+4、藤壷=+5、六条御息所=+7、紫の上=-8、明石君=-9
などとなります。

即ち、「葵」の巻で葵の上が亡くなったのはG22年のことだから、葵の上は26才でなくなった。「賢木」の巻で六条御息所が伊勢に下ったのはG23年だから、その時六条御息所はすでに30才になっていたんだなあ、、なんて具合にです。

ただ登場人物の年令(光源氏との年齢差)は分からないことが多いので、推測も交えたアバウトでとらえればいいかと思います。アバウトと言っても時間の経過の具合、登場人物は何才になっていたのか、年上か年下かなどを頭に入れて読むと理解も深まるかと思う訳です。

(問題) 六条院で春秋論争をした紫の上と秋好中宮との年令関係は?

   → 私が読んだところでは秋好中宮=-9 だから紫の上の方が1つ年上になります。

年立、年令のところは厳密には分からないところ多いので本も余りみかけません。学術論文にはあるのでしょうがね。。

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6 Responses to 年立 年表

  1. 青玉 のコメント:

    なるほどすごい!! 
    とてもいいアイディア。いただきですね。
    年令って結構気になるんですよね。
    年令(年立というんですね)のところでは私、小学生のように指折り数えておりました。

    上記の年齢差を参考にして見ると、さほど現代と変わらない気がします。
    最近はむしろもっと年齢差のある関係も多いですもの。

    これとは関係ないのですが百人一首の100人の関係図があればいいなと思い人物の横に○○の娘とか父は××とかやってる内に訳が分からなくなり途中放棄してしまいました。

    • 清々爺 のコメント:

      系図はテキスト各巻にあるのでこれで登場人物の続柄・相関関係をおさえ、年令を書き込みさらに性格とか特徴なんかも加えてイメージを作り、原文を読み進める都度参照していくのがいいと思います。それも最初だけで頭に入ってしまえばもう大丈夫です。

      年令差リスト、都度披露していきます。

      百人一首相関図、あきらめず挑戦してください。まあ600年にも亘るので一挙に100人は無理かも。重要なところ3つほどに分けて考えればとうでしょう。寛弘の女房たちの時代(50~65番あたり)と大河ドラマの時代(76~90番あたり)とそれ以降(定家・式子内親王・後鳥羽院あたり)が面白いですね。

      95番慈円大僧正があの忠通(76番)の息子で姉が崇徳院(77番)の中宮聖子(後の皇嘉門院=女房別当が88番)、、繋がってるなあと改めて思いました。。

  2. 青玉 のコメント:

    そうですね、テキストの冒頭に系図があるのでそれに書き込みを入れれば解りやすいですね。
    この点は自前本なので自由です。

    聖子女史の百人一首、次第に歌よりも人物の方に興味が湧いてきたのです。
    そうか、600年の長きにわたる人物の一括りは無理、おっしゃる通り分ければいいですね。
    いろいろお知恵拝借、ありがとう!!
    こんな風に思うのも大河の影響大いに有り、その点ではドラマの効用かもね。
    本当、繋がりの面白さに「へぇっ~そうなんだ」と・・・

    こだわるようですが源氏香。
    リンボウ先生の御本の3巻の記号はsassaさんの記号では
    27(ABBAB)で「須磨」、4巻では 4(AAABB)で「玉鬘」でした。
    それぞれの巻に収められている一つが表紙に取り上げられているみたいです。 
    私って物好きね、なんて暇人って思われそう!!  

    • 清々爺 のコメント:

      「伽羅の香」読みました。いい本を紹介してもらいありがとうございました。宮尾登美子は初めてでした。波乱万丈のストーリーはさておき、私の感想は:

      1.三重の田舎の舞台が懐かしかった(と言っても私はこんなド田舎でなく、津でしたけどね)。北に尼ケ岳、南に高見岳なんて出てきますもんね。この地に近い青玉さんが忘れられないのよく分かります。

      2.主人公の名前がいい。「葵」の字を見る度に私はずっとあの不幸だった「葵の上」のこと頭に浮かべていました。作者の命名もその辺意識してのものだったのではないでしょうか。

      3.香道、かくもすごいものかと恐れをなしました。義政の東山文化を見直しました。
      そして香道の始祖が三条西実隆と知り、二度びっくりしました。三条西実隆に対する私の認識は単なる読み物であった源氏物語を公家社会の大事な教養に格上げしていった重要人物というものでしたが、香道のことは知りませんでした。源氏物語の節々が香の世界に入っているのも当然かと思いました。
      香が出てくる「梅枝」の巻が楽しみです。

      4.香もさることながら、源氏物語は後世の茶道・華道・能・美術工芸まで広く影響を与えています。正に文字通り、日本文化の「源」(みなもと)なんでしょう。。

      • 青玉 のコメント:

        宮尾贔屓になったのはこの本がきっかけでした。
        母の実家が美杉で、「しをん」さんも美杉物が多く何だか身内感覚になってしまうのです。
        県立第一中学と言うのは40会皆様の津高前身の津中のことでしょうか?

        葵の名前はやはり宮尾さん、源氏を意識しての命名でしょうね。

        三条西実隆、忘れていましたが確かに実在の人物として登場しましたね。先祖は誰とつながっているのでしょう?

        源氏は日本文化を総合した大芸術。
        その文化を絶やすことなく今日まで受け継いできたのは素晴らしいですね。

        • 清々爺 のコメント:

          そうです、県立第一中学は津中のことですし、葵の通った柳山女学校というのは津市柳山(橋南地区=津球場の近く=髭白の生地)にあった県立津高等女学校のことだと思われます。奇しくも一世代前の母校史を見せてもらいました。

          「諸芸源氏より出でて源氏に還る」、、これもキャッチフレーズにしようかな。。

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